13-3

 タクシーは扉をこじ開けて、教会に突っ込んだ。そしてベンチの一つに衝突して、やっと動きを止めた。完全に静止したときにはもうボンネットはペシャンコで、フロントガラスにはいくつもの銃弾が撃ち込まれていた。

 そんなボロボロのタクシーから、転がり落ちるように運転手が降りてきた。言うまでもなく、そのドライバーは、僕を乗せてくれた彼だった。

「どうして! 戻ってくるなと言ったのに!」

 彼は一般人だ。こんなことに巻き込んで、こんな僕だけの戦いに巻き込んで死なせるわけにはいかない。

 とっさにベンチから這い出た僕は、二丁のHK45CTで弾幕を張って、何とか彼を護衛。彼のシャツをひっつかむと、二人でベンチの陰に滑り込んだ。

 ベンチの背もたれに身を隠し、銃火の中を耐える。運転手は息を喘がせ、興奮状態で僕の隣に転がり込んだ。

「ほっとけなかったんだ! あんな大金をもらって、死ににいくあんたを放っておけなんて、無理ですよ!」

 まくし立てるように、広東語で喋る運転手。僕はその言葉のすべては理解できなかったけれど、ともかく彼がどうしようもなく義理堅い人間なのはわかった。きっとタクシー運転手になる前、ムショに入った理由というのには、きっと仁義が関係したいたのかもしれない。

「だからって、商売道具を壊すことはなかったでしょうに。ここは危険だ。もう帰るんだ!」

「でも、あんたは……!」

「僕はいい! 僕は、もうここで死んでもいいんだ。彼女さえ生きていれば――」

 マガジンリリースレバーを押す。左右のHK45が弾倉を吐き出した。予備弾倉を装填して、初発を薬室へ。スライドを引いた。

「いいか。スリー・カウントで僕が飛び出る。僕がおとりになるから、そのあいだに逃げろ」

「逃げろって、私は――」

「いいから逃げろ! もう十分なんだ。いいんだよ、もう……。いくぞ、スリー!」

 読み上げる。

 銃火は止まらない。狙撃手の確実な射撃と、サブマシンガンの弾幕。それが僕を、そして運転手をねらってやってきている。

「ツー!」

 銃声に入り交じって足音。傭兵の一人が接近してきた。

 僕は懐から手榴弾グレネードを取り出す。ピンを抜き、握りしめる。気休め程度にしかならないかもしれないが、爆発物を使えばある程度の隙は生み出せるはずだ。

「ワン、行け!」

 物陰から飛び出し、僕はグレネード投げた。そして続けざまに銃を抜き、四十五口径の弾幕を張る。8プラス1発×2――大したものではない。でも、やるしかなかったのだ。

 クルマの陰を通り抜けて、教会を出て行く運転手。僕はその姿を横目で送りながら、無我夢中で引鉄を絞った。一人、二人、三人と着弾。一人は殺傷、二人は致命傷を確認する。

 だが、それで僕が無傷のはずがない。

「くそっ……狙撃手かッ!」

 グレネードの爆風は地上部隊を牽制したが、狙撃手に対して効果は薄い。彼らが放ったうちの一撃が、僕の肩を砕いた。

 とたんに肌が熱くなり、粟立つような痛みがした。その激烈な痛みに、僕の左手は思いがけず銃を落とす。リンが僕にくれた、僕のHK45CT。

 たまらず僕は、再びベンチの陰に身をやつした。そしてすぐに床に落とした銃を拾い上げた。でも、もう僕の左手には、四十五口径を片手で御すだけの力は残されていなかった。左肩を見れば、滝のように血が流れている。スーツが赤黒く変色を始めていた。

「残念だったな。いいところで邪魔が入ったというのに。どうしておまえはアレを囮にして俺を殺さなかった?」

「あれはただの酔っぱらいだ。酒酔い運転だったみたいだよ。過失運転致死傷罪。でも、だからって一般市民を戦闘に巻き込むのは気が引けるだろ?」

「ふん、嘘をつくな。心優しい殺し屋は、ジャン・レノだけで十分だよ」

 御堂が高笑いをあげながら言い、引鉄を絞った。しかし、その弾丸は僕に向けられたものではなかった。

 それは、負傷した傭兵たちにトドメを刺すためのものだったのだ。彼の左右には、死体と、負傷した男が三人。うずくまる負傷者を、彼は文字通り足蹴にするように踏みつけ、そして最後の一撃を喰らわせたのだ。

「クソが。パルドスムの寄越した傭兵も使えないな。狙撃手も、死角からチビチビ狙っているきりだ。結局、やつらもチンピラなんだ。戦争のやり方なんて知らない。……やはり、俺が手を下さないとダメみたいだな。まったく、まるで楪の時の再現のようだよ」

「……リンを殺したのは、やはりおまえなんだな」

「ああ、そうさ。……どうやって殺されたか、知りたいか?」

「知ってるよ。いまと同じだ。グロックの9ミリがリンの動脈を切り裂いた。サブマシンガンの放った銃弾は彼女の足の骨を粉砕し、そして最期には出血多量で息を引き取った」

「無様だったよ」

「僕はそう思わないけど」

 自らの右手に目を落とす。

 握られているのは、リンがカスタマイズしたHK45CT。そのスライドはオープンせず、まだ残弾を遺した状態だった。まるでそれは、リンからの贈り物のように。

 僕はその銃を構え、一つの方向に向けた。それは、教会に突っ込んできたタクシーのひしゃげた車体だった。

「御堂、仮にいまキミが、リンを殺したときの再現をしているとしてだ」

 左手の感覚が死にかけている。もう動きそうにない。右手だけでどうにかするよりないみたいだ。

「一つ欠けてるものがあるよ」

「なんだ」

「それは――」

 引鉄を引く。

 銃弾はクルマのボディを突き抜け、その内部で荒々しく跳ね回った。最後にはどこからか突き抜けたようで、その証拠として穴の間からガソリンがどくどくと漏れはじめた。

「教えてほしいか?」

「教えろ」

「それが人にモノを頼む態度か」

 僕は右手に持っていた銃を降ろした。それはまだホールドオープンしていなかったけれど、僕には銃以上に握らなくちゃいけないものがあったのだ。

 それは、タバコだ。上着のポケットからハイライトメンソールとマッチを取り出す。僕は一本口にくわえて取り出すと、片手でマッチに火をつけて、タバコに着火させた。

 一服。その味を堪能すると、僕は再びタバコを手に取った。

「タバコと、火だよ」

「タバコ?」

「そうさ。リンが好きだった銘柄。彼の愛するヒトが吸っていたモノ」

 次の瞬間、僕は火のついたタバコをクルマに向けて投げた。

 吸いさしのハイライト・メンソールは、床の上を転がり落ちる。火種は暗がりの中、テールランプのように赤い残光を描くと、最後にはガソリンの上に着地した。そして接触したとたん、火種は火炎を引き起こした。タバコそのものを燃やし尽くしてしまうほど、巨大な炎だ。

 やがてそれはクルマに引火し、さらには教会全体を炎の海にせんとし始めた。

 ――そう。あのとき、リンが死んだとき。あの場所は炎の海だった。

 いまふたたび銃を握り、僕は立ち上がる。

 燃えさかる炎と、はじまった爆発。そのあまりの勢いに、生き残った傭兵たちも立ちすくんでいる。御堂の荒くれぶりと、この火災に、逃亡を画策している様子すらあった。また天井にいた狙撃手も天窓から噴き上げる熱風に耐えかね、ついには銃口を反らした。

 ――これで、ここには僕と御堂と、そして白晶菊だけになった。

「……リンが死んだときは、こうだっただろ。こうして二人きりだっただろ。炎の海のなかで」

「そうだったな」

「だから、いま僕はリンの仇を打つ。あの日と同じ、この状況で」

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