13-2
「こんなところで人殺しとは。天罰が下るぞ、御堂。牧師はどこにいった?」
「牧師様なら眠ってもらってるよ、ぐっすりとね……。はは、天罰か。そんなもの、殺しを生業としている俺たちには、縁遠い話だと思わないか?」
「いや、身近なものだよ。巡り巡って、その縁は自分を殺しにくるんだ」
「なるほど。たとえば、いまのようにか?」
「そう、いまのように」
瞬間、僕はとっさの判断で近くのベンチに飛び込んだ。本来なら祈りにきた参列者が座るためのベンチだ。
僕が飛び込むや、その背もたれに一斉に銃撃が降り注いだ。一発は九ミリの至近弾。もう二発は別の角度からだ。おそらく狙撃手は二名。あとの一つは御堂のものだろう。三対一なら、まだ見込みはある。
「隠れてどうする。おまえはこの娘を助けにきたんだろ? さあ、助けてみろよ」
「ああ、助けてやるともさ」
僕は口先ではそう言ったものの、その実、打開策など何も思いついていなかった。
銃声が響き、鉛玉がベンチに穴を掘る。弾痕は不規則な模様を描き、木目を貫いて、そして床に衝突して静止する。散発的な銃声と、リロードの音。そして聞こえてくる足音。バタバタと響くその音は、増援の到来を告げていた。どうにも三対一では済ませてくれないようだ。
銃声、天井から。狙撃だ。弾丸はベンチを貫き、床に大穴を穿つ。床板を構成していた石が、その破片を粉にして空中に漂い始めた。そしてその粉末の間を鳩が通り抜け、翼が軌跡を描いた。
――どうする。
ベンチの陰に体を埋めたまま、僕は精一杯、顔を外に出した。すぐに銃声がして引っ込めたが、それでも多少の視界は取れた。
とはいえ、現状視認できる範囲では、反撃に打って出ることは不可能だった。
天窓からは二人の狙撃手。僕の位置からは死角になっていて、どこにいるかは見当もつかない。
加えて、先ほどからまた別の足音が聞こえてきていた。おそらく御堂が寄越した増援だろう。
僕はズボンのポケットから
銃声とともにスマホを引っ込める。ディスプレイには、撮影した写真が映っていた。
手ブレでひどく歪んでいたが、そこには祭壇に立ち尽くす五人の男がいた。四人組の男たちは、濃紺のBDUにサブマシンガンを構えている。先ほどからの銃声はこれだろう。どう見ても殺し屋というより、特殊部隊と言ったほうがしっくりくる格好だ。防弾であろう漆黒のヘルメットと、クリアー素材の大型バイザー。
「……そんなに僕を殺したいか」
「ああ。仕事だからな。せめて愛する楪と同じく、九ミリでじっくり殺してやるよ。どうだ? 嬉しいだろ」
「そうだね。でも、リンは生きてる」
「おまえ、まだそんなことを――」
そのときスマートフォンが震えた。
着信。メールが一件。レンゲからだった。映像ファイルが添付されている。タッチして開くと、暗がりの空が映し出された。
はじめは漆黒。でも、カメラが下にパンすると、その映像の意図が分かった。それは、天井を映した映像だったのだ。この教会の、天井のものだ。きっとドローンか何かで撮影したのだろう。尖塔に併せて作られた天窓、その縁近くに男が二人いた。一人は右側の天窓に立ち、一人は尖塔の土台にあがって、スコープを覗いている。この二人が、僕をねらっている狙撃手だ。
メールには、映像に対してテキストが追記されていた。「グッドラック。これがアタシにできる手助けだ」と。
――ありがとう、レンゲ。
狙撃手の位置はわかった。あとは、残りの傭兵だけだ。攻め込まれる前に、何か考えなければ。
「……一人殺すには十分すぎる装備だ」
とにかく今は時間稼ぎだ。考えるだけの時間がいる。僕はとにかく言葉を口にした。御堂の気を逸らせば、少しだが突入は遠ざかるはずだ。
「だから、必要経費さ」
「本当か? 違うだろ。御堂、キミは僕が怖いんだろう」
「怖い?」
「だから、これだけの傭兵を雇った。違うか?」
――考えろ。
――どうしたら、この包囲網を破って彼女を助けられる。
「キミは僕を恐れてる。だから、必要以上の兵力を用意したんだ」
「抜かせ。はやいとこ楪と同じ目に遭いたいか?」
――考えろ。
――彼女が生きてたということは、僕は彼女を助けたんだ。
「……いや、これはリンと同じじゃない。とはいえ、リンのことも、僕のことも恐れているってところでは、変わりないかもしれないけど」
「減らず口を!」
――考えろ!
口からデマカセを言って、僕はその場しのぎをしようとした。次の瞬間だ。
ドスンッ! と打ち付けるような音がした。ハンマーが
ヴィンテージ・オークの黒々とした重い扉を、鉄の塊が突きつける。双眼のようなヘッドライトを輝かせ、獅子の哮りがごときエキゾーストノートを響かせて。
それは、僕をさっきまで乗せていたあのタクシーだったのだ。
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