12-2
バスルームを出たあと、僕を待っていたのは、レンゲの驚嘆した顔だった。いつもなら渋い目つきでディスプレイとにらめっこしている彼女が、そのときばかりはくっきり目を見開いて、僕と視線を合わせた。
「あらあら、ずいぶんこざっぱりしたね」
「うん、まあ」
僕は短くなった髪をかき撫で、それから頬に触れた。ヒゲのない肌の感覚は、ずいぶんご無沙汰だった。
「そのほうがいいよ。さっきまでのアンタは、まるで浮浪者だった」
「ああ。御堂にも同じことを言われた。それに、女の子に『おじさん』って言われてちゃったんだ。まだ二十三だっていうのにね……。それで、御堂の居所はつかめた?」
「ああ。無茶ぶりも無茶ぶりだったけど、なんとかね……っと!」
サイドテーブルに置かれたラップトップ。レンゲはそのエンターキーを叩く。すると一つのファイルが開いて、映像が再生された。
映されたのは、どうにも監視カメラによる映像のようだった。通りを俯瞰するように撮影している。ちょうど遊歩道を行き交う人々を映していた。
「プロムナードの監視カメラだよ」とレンゲ。「ちょうどブルース・リーの銅像の前。で、このあとなんだけど……今から一時間ほど前の映像だ」
通りをゆったりとした足取りで進む観光客。ベンチに腰掛けるカップル。走り回る子供を追いかける家族連れ。そして――
その中で、ひときわ異質な二人組がいた。いや、おそらくこの列の中に入ってしまえば、何も思わないのだろうが。しかし、僕の目にははっきりとわかった。
ダークスーツの、ビジネスマン風の男。その男が、左手に一人の少女を連れて歩いている。少女は助けを求めるようにあたりを見回し、いっぽうで男はそんな少女を諫めるようにして引き連れていく。強引な男の手つきは、少なくとも父親のそれではなかった。
しかし、やがて男は足を止め、くるりと振り返った。彼は気づいたのだ。この監視カメラの存在に。その向こうにいる僕たちに。
男は――いや、御堂アキラは、白晶菊の少女を連れて、監視カメラを見つめた。まるでその向こうの僕を見透かし、メッセージを送るように。彼は右手でファックサインをすると、また雑踏に消えていく……。
「このあと、御堂はどこへ?」
「いま探しているところだ。でも、少なくともヤツはプロムナードの近くにいる」
「だろうね」
言って、僕はクローゼットへ替えのワイシャツを取りに行く。さっきまで着ていたものは、もう血みどろで使い物にはならない。僕には着替えが必要だった。
「どうするんだい? 御堂は罠を仕掛けて待ってるんだろ? そこに飛び込むのか?」
「ああ、行くよ」
やおら返事をしつつ、僕はシャツに袖を通した。
「正気の沙汰じゃない。殺されにいくようなもんだ」
「わかってる。でも、そうしないといけないんだ」
「リンとの約束、だから……?」
「うん。じゃないと、僕はリンに申し訳が立たない」
襟を正し、ボタンを閉じる。
カフスは黄金色の十字架様。ネクタイはグラデーションのかかったブラック・アンド・グレー。そして革製のショルダーホルスター。装着し、左右には銃を。右に僕ので、左にリンの銃。一丁ずつマガジンを装填し、スライドを引いて初発を薬室へ。そうして二つの銃を納めると、僕には彼女が感じられた。リンが、僕の隣に寄り添ってくれる気がしたのだ。
最後に上着を羽織ると、僕はレンゲのほうへ振り返った。
「行くよ。御堂の目的は、僕だからね……。レンゲは彼の居所を探ってくれ。でも、危なくなったらすぐに逃げて欲しい。これは、僕の戦いだから」
「何言ってんのさ。乗りかかった船だ。アタシもついてくよ。それに、リンとの約束なんだろ? だったら、アタシもだ。アタシもアイツに借りがある」
「……そうだね。ありがとう」
「でも、アンタには一つ貸しだから。いい、セイギ。アタシの貸しは高くつくから」
「だろうね」
上着のボタンを閉じる。僕は一呼吸置いてから、部屋を出た。プロムナードへ――決着をつけるために。
部屋を出て、ホテルの一階へ。エントランスを出てから、僕はタクシーでも拾ってプロムナードに行こうと思った。
でも、タクシーを拾う必要はなかった。すでに待っていたからだ。あの小太りのタクシー運転手だ。
彼は玄関口前の
「……待っていたんですか……?」
「まだどこかに行くんでしょ、お客さん」
「ええ、まあ」
「どちらまで?」
運転手は屈託のない笑顔で言った。
僕のことなんてこれっぽちも怖がらないように。その笑みを、僕は一瞬疑ったけれど、しかし御堂の手駒だったら、もうとっくに僕を殺しているはずだ。御堂は自分で手を下さないと気に入らないとか、そういった主義思想を持たない合理的な殺し屋のはずだから……。
「じゃあ、プロムナードまで。もしかしたら途中で目的地は変わるかもしれませんが」
「あい、了解。乗ってください」
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