11-2

 アンダーバレルショットガンのことをマスター・キーと呼ぶが、それは錠前を鍵穴ごと粉砕するからである。電磁パルスEMPによってあらゆるセキュリティが無力化された今、電子錠はもはや南京錠とさして変わりなかった。それこそ僕の持つベネリM3を前にしては、まったくの無意味だった。

 スラッグ弾を一発喰らわせて鍵を破壊すれば、あとは蹴破るだけだ。職員通用口らしき玄関を、僕は左足で蹴飛ばした。扉は勢いよく吹き飛んで、ちょうど様子を見に来ていた警備員に衝突。男は大きく後ろへ転げた。

「悪い。でも、約束なんだ」

 右肩に提げたベネリM3。僕はその引鉄を躊躇なく引いた。

 爆発するような銃声と、弾け飛ぶ散弾。鉛の雨を浴びて、警備員の制服はボロボロになった。まるで酸の雨を浴びたあとのように。

 彼が絶命するまでは、もはや時間はなかった。僕は息絶えた彼を踏み台にして、奥へ進む。遠くから「銃声だ!」という叫び声と、「どこからだ!」という怒声とが聞こえてきた。

 僕はその声に耳を澄ませて、そしてショットガンを再び構えなおした。

 ……前に現れれば殺す。僕の邪魔をする者は、どんな理由があっても殺す。それは、彼女のため。彼女との約束のためだ。けっして彼女が殺された恨みを晴らすためだとか、そんな陳腐な理由ではない。

 リンは言った。

 これは復讐ではない。

 出会いなのだ、と。

 だから僕は殺すんだ。キミのために。


 スラッグ弾を喰らって吹き飛ぶ人間を見下して、僕は先を急いだ。心臓に大穴を穿たれた歩哨は、生命活動をやめた肉塊になっていた。

 彼らに同情の念を覚えないと言ったら、ウソになるだろう。でも、僕にはやらなくちゃいけないだけの理由があった。

 EMPによって完全に静止した屋内は、もはや死んでいるも同然だった。無機質な長い廊下を抜けつつ、僕は左右のドアにマスターキーを喰らわせた。蹴破って中を見れば、そこには仕事にいそしむ白衣姿の集団があった。彼らの顔には恐怖の色が見え、そしてそれ以上に疲労のあとがあった。いったいどこの誰に労働を強制されているのかは知らないが、少なくとも良い待遇ではなさそうだった。

「たっ、助けてくれ!」

 彼らの内の一人、壮年の男性が両手をあげて懇願した。その唇は震え、瞳はキッと瞳孔が開いていた。

「……助けてやる。でも、代わりに質問に答えろ。白晶菊はどこだ?」

 僕の問いかけに、壮年の研究員は押し黙った。組織への隷属か、あるいは死への恐怖か。秤にかけていたのだろう。

 まもなく答えたのは、後ろに控えていた若い女性研究員だった。

「奥のC38研究室です! そこに監禁されています!」

「ばかっ、おまえ!」

 壮年の彼が停めにかかろうとしたが、もう遅い。

 ――監禁されている。

 ――やはり、白晶菊とは人間のことなのだ。

「……わかった。早く出て行け。抵抗はするな。さもなくば、殺す」

「はっ、はい……!」

 女が震え声で言って、一目散に部屋を出ていく。他の者達も、諦めた様子で出ていった。

 僕はその姿を銃口で追いながら、姿が見えなくなり次第、振り返った。向かう先は奥のC38だ。


 C38。そう刻まれた扉は、確かにあった。ほかの研究室へ続く扉よりも、ひときわ大きく重厚な扉に閉ざされた場所だった。

 無用の長物となった電子錠にスラッグ弾を一発。無理矢理にキーをこじ開けると、僕はドアを蹴破ろうとした。

 だが、先に客がきた。

「いたぞ、こっちだ!」

 敵。右から。足音が二組……いや三組聞こえる。衣擦れの音に紛れて、金属がこすれる音もした。銃を携行しているのは間違いない。

「お前はそっちへ回り込め」

 三人のうちの一人が言った。

 一つの足音が右から先行している。そちらを先に叩くしかない。

 ベネリM3を構え直す。トリガーに指をあてがい、腰だめで構えた。

 そうして人影が見えた瞬間、僕はためらいなく引鉄を引いた。でも、ダメだった。弾が詰まジャムったのだ。

「くそ、こんなときに……!」

 ショットガンは使えない。でも、すぐに戦闘に持ちこまねば。眼の前には、いまにもカラシニコフを撃とうする男がいるのだから。

 僕はベネリをくるりとまわすと、銃床ストックを右手でつかみ、得物バットに代わりにして構えた。そうしてジャムったままの銃で、僕は警備兵の頭をかち割った。

 脳天に衝撃を喰らい、彼は思わず嗚咽を漏らした。無色透明の吐瀉物が床にこぼれ落ちる。

 するとそれに呼応するようにして、反対側から二つの足音が接近していた。

「次、そっちだ」

 僕は静かにつぶやく。そうすることで冷静であろうとしていた。

 右手に構えていたベネリを、そのまま振りかぶって反対側の通路へ。ブーメランのように勢いよく飛んでいったそれは、歩哨の一人に激突した。

 顔に銃把を喰らった男が、驚かないはずがない。大きなスキが生まれた。

 その間に僕は次の手を打つ。文字通り撃つために。左右のショルダーホルスターから抜き払うは、二丁のHK45CTだ。そして抜き取った次の瞬間には、僕はトリガーを引いていた。

 嗚咽が響く。二人の男の脳天に風穴が空いて、肉体あっけなく倒れた。残ったのは、床と肉塊との衝突音だけだった。

 ――これで一通り片づいたか。

 耳を澄ませる。近くに足音はない。あるいは息を潜めて隠れているかもしれないが、少なくとも今はまだ問題ないだろう。

 C38。僕はそのドアを一瞥してから、右足で蹴飛ばした。

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