10-6

     *


 弊社から情報だけ抜き取ってトンズラこいたアタシだけど。リストラのあとやったのは、基本的に細かい仕事だった。食いつなぐためだけの、クソみたいな仕事だよ。リストラ後のアタシは、それだけで手一杯だった。

 でも、それでも探したんだよ。リンのこと。どうしても探さなくちゃいけない気がしたんだ。

 だって気になるだろ? アンタはリンの秘密を守るため、弊社のエージェントを殺しまくって、一人逃亡した。アンタのせいで弊社はひどいことになったんだ。失踪した御堂アキラも、アンタが殺したんじゃないかってウワサがたったぐらいさ。

 そんなアンタが守ろうとした秘密はなんなのか?

 アンタやリンが追ってたモノは、本当はなんだったのか?

 気になってしかたなくて、アタシは『白晶菊』について調べ続けた。どんなものでも探し回ったよ。高尚な論文から、便所の落書きみたいなアングラの書き込みまで。あらゆる線を追った。でも、結局何も見つからなかった。あったのは、それこそ御堂が見つけたパルドスム財団の記述だけだった。

 だからアタシは、その記述を疑ってかかって見続けたんだ。

 ……弊社は、パルドスムの一件ですべてがひっくり返った。

 ……だとしたら? パルドスムの件は、御堂がわざと流したブラフだとしたら?

 ……白晶菊の存在を隠すための罠だったとしたら?

 やがてアタシはすべてを疑ってかかるようになった。

 そうしたら、むしろリンの言い分を信じるようになったんだ。

 そうしてあるとき、アタシは確信したんだよ。


 ある論文に、白晶菊なる記述があった。

 それは肉体移植に関するもので、実用化に向けての実証実験に関するものだった。そして、そこに使用された実験動物の名前というのが、『ノースポール』だったんだ。

 リンが追っていた肉体移植。そして白晶菊。それが二つとも符合したんだ。間違いない。

 ……でも、一つ不思議なことがあった。

 その論文が発表された時期も、『ノースポール』なる実験動物モルモットが使用された時期も、すべてだったんだ。

 じゃあ、リンはすべてを予見していたわけ?

 だとしたら、彼女は本当に未来人なわけ?

 そうだとして、じゃあどうして彼女は裏切り者として殺されることを選んだわけ?


 ――そのピースは、きっとアンタが握ってる。リンが遺した最後のメッセージが、それを埋める答えなんだって。アタシはそう思ってるんだけど……どうなの、セイギ?


     *



 説明を終えるや、レンゲはすぐにそっぽを向いた。バルコニーの向こう側。水面に映る香港島のほうだ。

「……リンが何て言い残したのかは、実のところアタシもなんとなくわかってるんだ。でも、だとしても、どうやっても一つ解せないことがある」

「……リンは、未来人である」

「そうだ。アイツは何度もそう自称してきた。アタシはてっきり、それは素性を隠すためのテキトーな嘘だと思ってたけど……」

 バルコニー、窓の向こうに映った光が輝きを増す。階下のプールバーから男女の嬌声が轟き、そして消えたときだ。

「本当にアイツは、未来から来たのかもしれない。肉体移植で、アンタを救うために……あるいは、を救うために。でも、そんなことありえない」

「ええ。タイムマシンなんてモノは存在しない」

 僕はレンゲの言葉に同意した。けれど、心のなかには否定しきれない自分もいた。

「仮に彼女は本当に未来人だとして。これから起こりうることもわかっていたとしましょう。だとしても、僕を救うためにバック・トゥ・ザ・フューチャーかターミネーターをしてきたと? なんのために? あるいはってどういう意味ですか」

「シラを切るつもり? ……ねえ、教えなさいよ。リンは言ったんでしょ? って言い残したんでしょ?」

 僕は黙った。そうしか答えようがなかったからだ。僕には黙秘権を行使するほかになかった。

「黙ってるってことは、イエスってことと判断するよ。……いい、アタシの仮説はこうよ。リンは『白晶菊』と呼ばれる肉体移植実験の被験体だった。そして彼女は、その実証実験を喰い止めるために弊社に潜伏していた。そしてアイツは、自分が死ぬことも覚悟で、使命を達成するつもりだった。そして最悪の場合、誰かに自分の使命を引き継がせるつもりだった……。そう、アンタにね。

 だけどこのバカげた仮説には、リンが未来を知っている――未来人か、あるいは何かの生まれ変わりである、というのが前提条件にある。それはとても非科学的な話で、アタシだって口にするのもイヤだけど……。でも、そうとしか考えられない」

「僕だって、時間遡行や生まれ変わりは信じないですよ」

 吐き捨てるように言って、僕はタバコを灰皿に押しつけた。二本目を手に取ろうとしたが、結局はポケットに戻した。

「生まれ変わりなんて信じない。僕は、リンのために殺す。それだけです。彼女との約束ですから」

「……あっそ」

 とたん、興が醒めたようなレンゲは、またベッドに突っ伏した。気だるそうに寝転がってから、彼女はボトルクーラーに手を突っ込む。目的は二本目のビールだった。

「まあ、アンタがどういう目的があって白晶菊をいまだ追ってるかなんて、アタシはどうでもいいよ。……ただ、アタシがかき集めた情報なら、そこにあるメモリに入れてある。情報料はチンから手数料込みでいただいてるから問題ないよ。アタシの仮説を信じるか、信じないかはアンタ次第だから」

「……ありがとう、レンゲ」

 サイドテーブルにちょこなんと置かれたUSBメモリ。僕はそれを拾い上げると、彼女の部屋をあとにした。

 レンゲは、「泊まってかないのかい?」と僕に問うたけれど、残念ながら僕にそんな暇はなかった。僕は、一刻も早くリンとの約束を果たさなければならないのだから。


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