9-5

     †


『FW : Rec : Reine Yuzliha 20XX/07/XX』


〈caption〉


〈R. Yuzliha : この記録映像は、録画と同時に転送、外部に保存済み。〉

〈R. Yuzliha : そして、きっとこの映像を真っ先に見つけるのはキミだと思う。〉

〈R. Yuzliha : だけど、念のためパスを設定しておく。〉

〈R. Yuzliha : それは決してキミを信じていないからではなくて、〉

〈R. Yuzliha : むしろキミを信じているから。〉

〈R. Yuzliha : キミならわたしのこと、わかると思うから。〉


〈/caption〉



 ええ。わたしには、すべてがわかっていた。

 これから何が起きて、わたしがどうなるかも。

 あるいは、本当なら彼がどうなってしまうのかも。

 わたしには、すべてお見通しだった。

 すべては予想通りだったのだ。

 でも、一つわからないこともある。

 それは、この先がどうするかということ。でも、きっとカレならやってくれるって、わたしはそう信じている。だからわたしは、ここまでのことをしたのだから。


 解除された警報機の合間をすり抜けて、わたしは目標地点に到達していた。財団事務局の中枢、二階のオフィスフロアである。

〈こちらバタフライ。目標地点に到着〉

 言って、わたしは室内を見回した。

 パルドスム財団の日本本拠地。そうは言うけれど、屋内は大した設備もなかった。あるのはカンタンなオフィスと、電源に繋げられたラップトップだけ。ここに研究員などいる必要がないのだろう。必要なのは販路拡大を目指す営業活動だけ。……いや、そうシチュエーションだけなのだから。

 わたしは上着のポケットからUSBメモリを取り出すと、ラップトップの一つを起動。中のデータをコピーし始めた。コピー完了までは、十分少々かかるようだ。パーセンテージは上がったり止まったりを繰り返している。

 そのあいだに、わたしは銃を抜いて周囲を探索した。でも、見れば見るほどわたしは疑問が浮かんだ。このオフィス、確かに使い古されたようすはあるが、妙に綺麗だ。複合コピー機の履歴も探ってみたが、すべて削除済み。なんのデータも残っていない。奇妙なまでになんの痕跡も残っていない。あるのは見せかけの使用感だけだ。

 それにだ。そもそも、どうしてこんな辺境にオフィスを構えたのか。ベッドタウンの大病院と繋がって、技術の流入を行っている? たしかに、それなら辻褄は合う。でも、なぜ都心ではなくこんなところに? 

 ――ええ、わたしはその理由も知っている。なぜならこんなところに人は来ないからだ。この場所に証人は必要ない。必要なのは、造られた作戦行動オペレーションだけなのだから。

〈こちらスティングレイ。バタフライ、そちらに合流する〉

 イヤフォンから御堂くんの声が聞こえた。

 それと同時、わたしがいるオフィスのドアが開いた。条件反射的に銃を構える。銃口の先には、御堂くんがいた。

「俺だ。撃つんじゃない」

 そう言う彼の手には、分厚い冊子のようなものが握られていた。

「それは?」

「やつらのセールスシートだ。白晶菊なる研究機関と、その提携病院、学術団体がどうとか書いてある。おおかたこういうものを見せて、さもカタギのフリをして契約をとってきてるんだろう」

「そう。……そのセールスシートの信憑性は?」

「信憑性? そんなもの、ここからでてきたものだから――」

 そう、ここから出てきたものだから正しい。

 ――そんなはず、ないのだ。

 次の瞬間、わたしは引鉄トリガーを引いていた。


 わたしが放った四十五口径フォーティファイヴは、御堂が持つ資料に大穴を穿ち、さらにその向こうの壁紙にまで弾痕を描いた。サプレッサーに減衰させられた銃声は、しかしわたしたちの沈黙をあおるだけの響きを持っていた。

「楪、貴様いったい何を……!」

「それはわたしセリフよ、御堂くん」

 言って、わたしはクンクンと鼻を鳴らした。鼻孔を刺激するこの匂い。間違いない。

「下の部屋に灯油でもまいてきたでしょ? だって、あなたははじめからここを消し炭にするつもりだったから。証拠隠滅のために」

「なんの話だ? 証拠隠滅だと?」

「そう。あなたはパルドスムにとって都合の悪い情報と、そして邪魔なエージェントとを一石二鳥に消そうとしている。つまりわたしたちと、そこでコピーしているデータを」

 わたしは顎でラップトップを指した。銃口はブレることなく、御堂アキラの眉間を狙ったまま。

「そんな言いがかりを……。俺は弊社のエージェントだぞ?」

「雇用条件が良い限りは、でしょ? 言いなさいよ。パルドスムにいったいいくら積まれたの? ねえ、御堂くん。わたしはすべてお見通しなの。これからあなたが何をするかも、すべて」

「俺が裏切ったと、そう言いたいのか? なあ、楪。こんな言い合いをしている場合じゃないだろう? 何を根拠にこんな馬鹿なマネを?」

「だって、わたしは未来人だから」

 わたしがそう言うと、御堂アキラは噴き出し、大声を上げて嗤い始めた。両手を叩いて、まるで酔っぱらったみたいに。

「こいつは傑作だ! 烏瓜から聞いていたが、おまえは本当に未来人を自称しているんだな?」

「それが?」

「それで仲間を裏切り者だと言って脅すのか? いいか、楪。おまえもわかっているだろうが、俺たちの行動は映像として記録され、烏瓜たちバックアップチームをはじめ、役員会議の稟議にもかけられるんだ。そんな状況で、よくそんなマネができるな? 作戦行動にもどれ。俺が言いたいことはわかるな?」

「ええ。あなたの言いたいことも、その裏に秘せられたこともわかるわ。だって、あなたがこれから何をするかよく知ってるから。……知ってるのよ。わたし」

 ――そう、わたしはすべてを知っている。

「ねえ、御堂くん。白晶菊バイヂンジウって何のことか、あなた本当にわかってる?」

「パルドスムが保有する研究機関の名称だ」

「違うわ。そんな上っ面の話を聞きたいんじゃないの。……あなた、本当は何も知らないんでしょう。パルドスム雇われたくせに。……ねえ、白晶菊はね、ある人間を指すコードなの」

「コードネームだと、そう言いたいのか?」

「そうよ」

「根拠は?」

「わたしがそのだから」

「は?」

 御堂は目をしばたたき、わたしを見た。ぽかんと開いた彼の口は、正直どんなコメディよりもおもしろかった。

「そう言って俺を混乱させるつもりか。何をするつもりか知らんが、人を勝手に裏切りもの呼ばわりして。いまはそんな場合じゃないだろう、楪」

 そのとき、御堂は一瞬の隙をついて銃を抜いた。彼が握っていたのは、PP2000サブマシンガン。肩からスリングで吊っていたそれを握ると、彼は腰だめで構えてわたしを狙った。

「任務に戻れ、楪。さもなくば、反逆者としてただちに処理する」

「できない相談ね。だってあなたはパルドスムの犬だもの。……しかしずいぶん灯油臭いわね。プンプンにおうわよ。ねえ、どうせぜんぶ燃やしちゃうんでしょ? 証拠は全部消えるわ。なんなら、みんな吐いちゃいなさいよ。知ってるのよ。あなたの任務は、証拠隠滅とわたし、及び守田セイギの処理。違う?」

 わたしがそう問うと、しばらく沈黙があった。

 御堂は黙ったまま、PP2000を構えている。それから彼は禿頭をかき、ようやく口を開いた。頭をかき撫でた左手を顔にあて、仮面を脱ぐようにしてぬっと手をおろした。

「そうだ。おまえの言うとおりだよ、楪。パルドスムはよっぽど良い額を提示した。だからそっちについただけだ。俺に任されたのは、担当者の処理と証拠の隠滅。つまり、弊社がもうパルドスムを追えないようにすることだ。それが終わったら、俺はもうこの場から去るつもりだ。おまえを殺して、烏瓜と守田も殺して。俺は弊社を辞職する。あるいはダブルスパイにでもなるさ」

「ヘッドハンティングってわけね。ところで、わたしはいいとして。レンゲと守田くんはどうするつもりなの?」

「偽装バンにも爆弾を仕掛けてある。スイッチ一つで殺せる」

「そう。用意周到ね」

「当たり前だ。……逃げ場は無いぞ、楪」

「そうかしら」

 言って、私は再び引鉄を引いた。突然響く銃声。サプレッサーの低い音色。放たれた銃弾は、御堂の左肩を貫通した。

「……殺す!」

 思わず身をのけぞらせながら、PP2000を構え直す御堂。わたしはそんな彼に言ってやった。

「安心して。抵抗するつもりはないわ。わたしは、甘んじて死を受け入れるつもり。ただこれはね、あなたに大義名分を与えただけなの。私を裏切り者に仕立て上げるといいわ。そうすれば、あなたはわたしを殺す大義名分ができるでしょ? さあ、殺してよ。わたしはね、いつかこうなるって知ってたの。全部燃やされてしまうって」

「未来人、だからか?」

 流れ落ちる血と、その痛みに耐えながら、御堂は言った。

「そうよ」

「じゃあ聞かせてくれ、未来人。ならば、なぜおまえは殺される未来を変えようと思わない?」

「思ったわ。でもね、わたしはが殺される未来を変えるために、過去に来たんじゃないの。だから、これで正しいのよ」

「ああ、そうかい。じゃあ、心おきなくやらせてもらうよ」

 ――そう、これでいいの。

 ――こうすれば、キミが逃げる時間も作れる。

 ――キミが御堂に殺されなくても済む。

 ――そしてキミは、きっと彼女を救ってくれる……。

「そうでしょ、セイギ……?」

 わたしがそう言った直後、九ミリの嵐が吹き荒れた。


     †

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