7-3
〈面会者が
そのメッセージの直後、僕はついにその姿を見た。
駐車場の奥。コンクリート柱の間から人影が見えた。ブラックスーツにサングラス、耳にはヘッドセットという出で立ちをした男が五人。その腰の膨らみから、拳銃を携行していることが見て取れる。
そしてその黒服集団の中央。彼ら屈強な男たちを侍らせて歩く、一人の男がいた。濃紺のストライプが入ったサイドベンツのスーツ。主張の激しい肩パッドと、黄金色をしたネクタイ。まるで八十年代を彷彿とさせるゆったりとしたスーツスタイル。だが、彼の年齢はまだ四十代といったところだった。
――薬袋トモヒデ。
僕らのターゲットが、そこにいた。
自然と照準がそちらに向く。彼は駐車場の片隅、ちょうどコンクリートの柱の近くで歩を止めた。黒服たちが周囲の安全確認に入る。
〈面会者が位置についた。まもなく打ち合わせにはいる〉
リンからのメッセージ。その直後、僕の右耳に人の声が聞こえてきた。
「……で、彼はいつ来るんだったか。約束の時間は?」
鼻にかかった。甲高い男の声。ビジネスマンが電話口に出るときのようなその声音は、しかし薬袋トモヒデの地声だった。
薬袋の声を聴きながら、僕はスコープ越しにリンを探していた。すぐには見つからなかったが、たしかに彼女はいた。本館一階と駐車場を結ぶ連絡通路。そのあいだにある化粧室の入り口に立ち、スマートフォンを操作していた。だが、彼女が持っているのは、実のところ
「五分後のはずですが」と黒服の一人が答えた。
「あのあと、彼から連絡は?」
「ありません」
「くそ。なにがどうなってるんだ。本当に来るのだろうな」
薬袋は舌打ちし、それから黒服の一人に言って、飲み物を取って来させた。ペットボトルの水が一つ。薬袋は部下にキャップを取らせると、豪快にラッパ飲みした。
そうしてペットボトルいっぱいの水を飲み干したころだ。ようやく、僕らのもう一人のターゲットが姿を現した。
「……お待たせしてます」
微妙に外国人風の、英語のようなアクセントを残した日本語。その残響とともに、駐車場の陰から男が姿を表した。
――ケン・ウォンだ。
スコープの十字線がウォンに向かう。
ただ彼は、このホテルにはとても不似合いな格好をしていた。シワの寄ったワイシャツと、その上に羽織っただけのカーディガン。カーキ色のチノパンは、ビジネスカジュアルというよりはミリタリな雰囲気さえあった。そして何より、彼の――ケン・ウォンの顔である。資料で見た丸メガネに短髪の男性はどこへやら。今の彼は、たっぷりと髭と頭髪を蓄えた、まるで仙人のような風貌だった。
〈ずいぶん見た目が変わってるわね。そちらでも認識できる?〉
「やってみます」
リンからの指令に答える。
メガネとスコープ。二つのレンズ越しに拡大されたウォンの表情。それが照準に重なり、またスマートグラスの顔認証アプリケーションに反応する。アプリは弊社データベースから骨格、表情、歩様などあらゆるデータを照合。その人物が何者かを特定する。
五秒後、視界に描き出されたのは〈一致:ケン・ウォン〉という文字列だった。
「間違いない。面会者です」
〈そう。じゃあ、このまま。もし万が一異変が起きたら――〉
「わかってます。僕がなんとかします」
指先に緊張がはしる。
右手の人差し指は、まだトリガーには触れていない。だけどセイフティは解除してあった。いつなにがあって、僕が発砲しなければならない状況にあってもいいように。
不測の事態はすぐに起きた。
スコープ越しにウォンと薬袋の会話を聞いていたときだ。彼らが当たり障りのない昔話を始めたとき、僕の耳に異音が響いた。
「……じゃあ明後日は……へえ、そうですか……はぁ、それは……」
一瞬、リンの指向性マイクに不調があったのかと思った。他の会話を拾ってしまったのか、と。
だが、そうではなかった。この耳に飛び込んでくる
聞こえてくる足音。談笑の声。リノリウムを叩くリズミカルなビートは、間違いなくこちらに、僕がいる男子トイレに向かってきていた。
――やってしまった。
その瞬間、僕の脳内ですべてがつながった。
そうだった。
本来ならば、僕は用意されていた『清掃中』の立て札を男子トイレ前に置いておくはずだったのだ。そうすれば、ここには誰も入ってくることはない。しかし、僕はすっかりそれを忘れていたのだ。
もう、ここは密室ではなくなってしまう。たとえ
――ダメだ。もう間に合わない。
声が近づいてくる。
――頼む、来ないでくれ。
だが、運命は時に残酷な表情を見せる。
そのまま雑音は僕のほうへ近づき、やがて男子トイレの壁に反響するようになったのだ。そして水の流れる音が聞こえ、談笑の声は響き続けた。どうやら洗面器で髪でもいじりながら談笑しているようだ。声からして二人組といったところだろうか。
――頼むから、すぐにどこかへ行ってくれ。
そう願いながら、僕はスコープの先。そして骨伝導イヤフォンが伝える盗聴に耳を傾けた。なにかが起きないようにと念じながら。
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