溶け落ちる
5-1
それから僕らは新幹線に飛び乗り、東京に向かった。北陸新幹線の東京行き。停車駅は片手で数えるほどしかない、全席指定の弾丸列車だ。
僕らは三両目の窓際、二人掛けの席に座った。リンが窓際で、僕が通路側。でもあいにく僕らの旅には、おいしい駅弁だとか、楽しい雑談だとか、そんなものはなかった。どちらかと言えば、会社都合の出張に近いものだったから。
列車が群馬に差し掛かったころだと思う。電光掲示板のニュースが殺人犯の逮捕を告げたころ、リンが口を開いた。
「昔は、電車の中も喫煙可能だったらしいわね」
口惜しむように、自動販売機で買ったコーヒーのボトルを甘噛みしながら、彼女はつぶやいた。その言葉が列車内での僕らの初めての会話だった。
「吸いたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
彼女は口ではそう言いつつも、唇はペットボトルを愛撫していた。
薄桃色のナチュラルメイクのリップ。リンは美人だったが、あまり化粧っけはなかった。どちらかと言えば、素がいいのだろう。でも、彼女の美しさというのは、何か消え入りそうな花のような、枯れかけたバラのような美しさだった。それも青いバラのような。
「前に聞いたんですけど」
僕は雑談を続けようとする。リンの気を惹きたかったのか。それとも、この罰の悪い空気を埋めたかったのか。
「リンがタバコを吸い始めたのって、昔の恋人のマネだって」
「誰がそんなこと……。ああ、レンゲが言ってたっけ?」
僕がうなずくと、リンは重いため息をついた。
「まあ、半分正解。半分不正解ってとこかしら。恋人っていうのは、ちょっと違うと思うけど。……そうね。じゃあ昔話をしてあげる」
そのとき、ちょうど移動販売の女性が僕らの席にまで回ってきた。
リンはようやく甘噛みしていたペットボトルを口から離すと、乗務員の女性に一杯のコーヒー、それからバニラアイスを注文した。
氷のように固いカップアイス。リンはそれをホットコーヒーの上に載せ、徐々に溶かしながら食べた。液化した輪郭をすくい上げるようにして、木のスプーンで口へと運んだ。
「あの人……彼はね。言うなれば、キミにとってのわたしみたいな人だったのよ」
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