3-4

 準備。

 それが何の準備かは決まっていた。ハン・イーミンを殺すための準備だ。

 僕はリンに連れられ、同じ階層の一番奥の部屋に連れていかれた。そこには『用具室』とだけ記されていたけれど、もちろん字義通りの部屋であるはずがなかった。

の拠点って、みんなこういう風に偽装してあるんですか?」

 扉を開ける直前、僕はふとリンの肩に尋ねた。

「そうね。というより、元々オフィスビルだったところを間借りしているだけってとこかしら。まあ、しばらくしたらここからも引っ越すわ。はその性質上、拠点を転々としているの」

「そんな大引っ越し、よく何度もできますね」

「そういう専門業者がいるのよ。わたしたちがいるのと、同じようにね」

 リンは不敵に笑み、それから扉を開いた。


 次の瞬間、僕の鼻孔をくすぐったのは、血のような鉄の匂い。むせかえるような火薬と、鉛の匂いだった。だけど僕は不思議と吐き気は覚えず、むしろ懐かしさを覚えていた。

 その正体は、無数の銃火器だった。まるで部屋一面の銃の畑。メタルラックと、それに懸架されたガンメタリックの壁紙たち。足下のライトがそれを妖しく照らし出す。曲線を描いた銃身ボディが鈍く光っていた。

「好きなものを選ぶといいわ」

 クスッと微笑んで、リンは僕に向けて九〇度ターン。ポニーテールが優しく揺れた。

「好きなものって……。わからないですよ、そんなもの」

「キミの好みは? この三日間で何が一番しっくりきた? 何が一番キミの手に馴染んだ?」

「なにがって……」

 一歩、僕はその空間に踏み出した。

 無数の銃火器が僕を取り囲む。その銃口は、まるで僕のことを品定めする下衆な瞳のようだった。

 しかし僕には、そんな眼たちのすべてがわかった。彼らの名がなんと言い、腹の底ではどのように思っていて、そしてその実どれぐらいのパフォーマンスを発揮できるのか、ということを。

 たとえば正面にあるH&K・HK416の11。M4カービンの改修型であるHK416A5の銃身を11インチにまで切り詰めたモデルだ。取り回しもよく、火力としても申し分なく、信頼性も高い。拡張性も申し分ない。だが、ハン一人殺すには、これでは過剰火力オーバーワークだ。

「……これは……?」

 次に僕の目が行ったのは、白い紙切れとアルミケースだった。それは銃ではなく、どこからどう見ても名刺カードだった。真っ白いテンプレートに、黒い文字列。線の細い明朝体で『営業第三部主任 楪リン』の文字。

「それはキミにはまだ早いわ」

 僕が名刺に触れようとした、その直前だ。

 刹那、とっさに革手袋レザーグローブをはめたリンの手が伸びてきた。それは僕の手を払いのけ、名刺を奪い去る。そして次の瞬間、彼女はそのカードを投げた。

 勢いよく飛んだカードは、用具室脇の観葉植物へと一直線。南国らしい大きな葉に突き刺さるや、一瞬でそれを

「名刺に猛毒を塗った暗器よ。皮膚から摂取しただけで、数秒で死にいたるわ。これは今回はノーサンキュー」

 言って、リンはプランターに落ちた名刺を拾い上げると、マッチを取り出して燃やしてしまった。

「それで。手に合いそうなのはどれ?」

「そうは言っても……僕は三日しか――」

「でもキミのカラダは、それを覚えている。ねえ、あと少しで仕事に入るわ。待ってられないの」

「せっかちな先輩ですね」

「主任だからね」

 しかたなく、僕は近くの拳銃に手を伸ばした。

 それは運命だったのだろうか。

 いや、僕は運命なんて信じない。だけど、それは僕の無意識が選び取ったようだった。

 ヘッケラー・ウント・コッホHK45CT。それは、リンが僕に初めてくれた銃だった。

「あら、それならすでに持ってるじゃない。じゃあ、必要ないわね。……やっぱり、キミにはそれが似合ってるのよ」

「似合ってるって?」

「カッコいいってことじゃない? じゃあ、決まったなら出るわよ」

 言って、リンは用具室をあとにする。上着からタバコを取り出し、マッチを擦りながら。僕もそのあとを追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る