3-3

「しかしリンに見いだされるなんて、アンタもツイてるというか、ツイてないというか」

 板チョコをかじり、ホットチョコレートを飲みながらレンゲが言った。

「ツイてないって、どういうことですか」

「そう言って薄々感づいてるんじゃないの、アンタも」

 言って、レンゲは板チョコ片手に立ち上がった。見かけ僕よりも年上に見える彼女だが、口元はまるで子供のようだった。

「さっきもチョロっと言ったけどさ、はその性質上、様々なバックグラウンドの人間がやってくる。たとえばウチのトップたる御楯会長なんかは、もともと外務官僚だったってハナシ。で、ウチにはその会長が各省庁から引っ張ってきたエリート様もいれば、生まれたときから裏社会で生活してきたような傭兵くずれもいる。あるいは、アタシみたいにカネ欲しさに目がくらんでやってきたヤツとかね。そうそう。アタシ、元は大学院の博士課程にいたの。でも死んだ親の借金やらなにやらが膨れ上がって、押し付けられて、逃げたり逃げられたり……。気づけばここってわけ

 ……って、だいぶ話がズレたわね。ま、とにかく弊社には、表立って言えないようなバックグラウンドを持った人間がたくさんいる。あなたの例はかなり特殊だけど、でもそれが違和感ないぐらいには、ぶっ飛んだ経歴の大博覧会なワケよ。……でも、リンには

「リンには、それがない……?」

「そう。あいつのことは、誰も、なにも知らないの」

 ゴリッ、と音を立て、チョコレートをかじる。レンゲは、「いる?」とその片割れを持って寄越したけど、僕は首を横に振って答えた。

「正体不明。彼女はいったいどこからきて、いま何歳いくつで、純粋な日本人なのか、それとも混血なのか。どの地域の、どんな組織で殺しの術スキルを得たのか……。この会社にいる誰も知らないの」

「御楯会長もですか?」

「あの人は守秘義務だっつってゴシップにはかかわらないのよ。だから、本当にリンのことは誰もわからないの。ただわかってるのは、リンは極度の秘密主義者で、孤独を愛するワンマン・アーミーってことだけ。だから、そんな彼女が教育者側の立場になろうとするなんて、アタシらは想像もしてなかったわけ。知ってる? アンタの蘇生と教育はリンが買って出たのよ? リンってば、アンタにゾッコンってわけよ」

「……リンは、どうしてそんなことを……?」

「さてね。アイツの本心は誰も知らないわ。……ああ、でも前に一度だけ『アンタってどこからきたの?』って聞いたことあったな。ま、でもアイツ『未来』って言ってたけどね。つくづくジョークセンスがない。

 あとアイツのことでわかってるのは、あのタバコ癖が昔の恋人オトコのマネゴトだってことぐらいかな。その恋人が誰かは知らないし、知りたくもないけどさ。ま、アイツも一応はオンナってことかな」

 すると、ウワサをすればなんとやらだ。

 ドアが開く音がして、奥から件の楪リンはやってきた。彼女のカラダからは、ほのかに男性的な匂いがしていた。

「レンゲ、説明は終わった? そろそろに入りたいんだけど」

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