満月の謎

 人狼の頭部は完全に再生して、何故か上空に月が見えている。 

 どうも結界空間に引きずり込まれたようだ。

 辺りの様子が草原に変わっていた。


「ほう、少しは術を使えるようだな」


 人狼は赤い目で神沢優を睨みつけた。

 身体は完全に獣人化を遂げていた。

 月明かりに照らされて、体毛で覆われた身体が黄金色に輝いている。

 

 人狼は何事もなかったようにゆっくりと歩を進めた。

 霊亀に近づくと、左右の手の爪が長く伸ばして無造作に前に突きだした。

 霊亀の身体に爪が深々と刺さり、人狼はそのまま霊亀を切り裂こうと力を込めた。


 しかし、霊亀には物理的実体がなく、一種のエネルギー生命体のようなものである。エネルギーの場の力が結晶して物理的実体のように見えていただけだった。


 人狼の爪は次第に霊亀の身体に絡めと取られ、次に腕、身体さえも飲み込まれようとしていた。

 

 人狼の身体をその本体に捉えた霊亀はそのまま小さくなっていく。

 特異点にまで縮小した霊亀はそのまま違う次元へと転位していた。


「ふう、脳筋というか、馬鹿な人狼で良かったわ」


 神沢優は一息ついた。

 とはいえ、次はもう使えない手であったが。


「もう、終わっちゃたんですか?」


 秋月玲奈は秋月流新宿道場に怜と小学生の女の子を預けてから大急ぎで帰ってきたのだが、非常に残念そうに言った。


「残念そうね?」


 神沢優は一応、理由を尋ねてみた。


「いや、不死身の人狼なら秋月流の禁じ手を全て試せるし、いい練習になるのよね」


 という返答が返ってきた。元美少女アイドル歌手の秋月玲奈のファンが聞いたら卒倒しそうな理由である。


 神沢優の双子の妹である女子プロレスラー神沢勇と異種格闘技戦のエキビジョンマッチ以来、秋月玲奈の中で再び、格闘技者としての情熱が復活したようである。


 すでに九州が発祥の秋月流柔術の宗家の当主の座についていたが、憧れだった美少女アイドル歌手へと転身した期間は、そのことを一時、忘れたような夢のような日々だった。

 

 とはいえ、秋月玲奈の本来の魂の性質は、自分の心技体の技を究めることだった。今の姿こそが彼女本来の姿であるのだろう。


「玲奈ちゃん、とりあえず、今日のところは撤退よ」


「はい。また、奴は満月の日に現れますかね?」


「たぶんね」


 神沢優はため息をつく。

 

「でも、奴は何で満月の日に現れえるんでしょうね?」


「狼に満月は付き物だから」


「まあ、確かに」 


 そして、また、人狼は満月の日に現れた。

 ただし、真夜中に。

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