第一章 異界の魔術師

第3話

 思い出したようにスマートフォンから視線を上げる。視界に入ったのは、うちの学校の生徒たちと、そして揺れるつり革。

 レールを転がる車輪がリズミカルな音を立てている。おんなじ制服姿たちを満載して、学園前へと電車は進んでいく。

 変わらないはずのいつもの登校風景。でもぼんやりと眠たいこの頭の中には、昨日味わったあの衝撃がまだせめぎ合っていた。


 


 正直言うと、七月先輩がああなった気持ちもわからないわけじゃない。

 今の世界ってなんだかちょっとヘンなんだ。〝世の中〟じゃなくて〝世界〟そのものがおかしくなっていってるって僕には思えた。

 今はこうして笑っていられるけど、僕たちは五歳のころ、とてつもない悲劇を体験した。誰もが何らかの形で、この世の終末を目の当たりにした。

 あとで付けられた呼び名なんていくつもあったけど、みんなはめんどくさいから大抵こう呼んでる。

 〈怪獣の日〉。

 五歳ぽっちの目線からは、ほんとそんな感じだったんだ。

 怪獣の日っていっても、地震や洪水、台風、火山の噴火なんかの、よくある自然災害現象がいくつも重なっただけのものだ。でもあまりにも同時多発的だったから、まさに終末世界、アポカリプスだって受け止めた人も少なくなかった。日本だけじゃなくて世界中がひっくり返って、大勢の人たちが亡くなってしまったのだから。

 怪獣の日は、例えばこの僕を変えた。

 僕は小さいころからインターネットが得意な子どもだった。

 怪獣の日の悲劇からまだ世の中が立ち直れていなかったころ、僕は正義のヒーローになっていた。ネットでのヒーローだ。

 僕は十歳にして情強――つまり情報強者だった。無知な奴らをやっつける、ネット最強の戦士に与えられる称号だ。

 ネットは情報を統べるエリートこそが正しい世界。あのころの僕は圧倒的に正しかったから、情報判別能力リテラシーの足りない情報弱者たちを完膚なきまでに論破し、二度と同じ名前でネットに這い上がれないよう、外堀を埋めては叩き潰していった。

 リアルではただの小学生でも、ネットでなら何だってできる。ガキだった僕はこの全能感に酔いしれていたのだ。

 僕の書いたネット小説『叛騎のシュヴァルツソーマ』の正体は「釣り小説」だ。あれは僕が中二病患者を装って書いた偽物だったんだ。

 捨てアカウントでネット公開したシュヴァルツソーマ。そのあとに「痛い厨二病小説書いてるキモヲタ発見www」って自作自演してわざと炎上させた。さらに自分のまとめブログへの転載で火力アップ、さらなる延焼。思惑通りに情報拡散して、うっかり釣られた情弱どものネット接続情報を収集してやったりした。

 いま思えばサイテーのクズ野郎だ。でも災害復興に疲弊して世の中みんな荒んでいたから、ガキながらに誰よりも強く利口であろうと見境なくなった、その末路の姿でもあった。

 そんな恥ずべき過去を持つ僕には、先輩がああなった気持ちもわからないわけじゃない。

 だって、あれから十年くらいは経ってるから、町にはもう〝怪獣〟の爪跡なんてない。

 ――みんな絶対そのはずだって信じてたのに。


「ねっ、あれって――」


 誰かの叫び声が聞こえて、そこで唐突に揺り戻された現実。前に座っていた乗客が指差した先、車両内の電光掲示板がいつもより派手めに明滅していた。

 表示は「量子崩壊警報発令」って。

 ――数秒遅れで、車内のありとあらゆる端末がけたたましいアラート音を鳴らした。


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