71・仮定

 唐突過ぎる。ジュンヤは丸くした目をしばたたかせた。

 反政府組織の人間でなかった彼が、コードを持たない、いや、ダニーの言葉を借りるなら『コードを持てない』存在で、祖父キョウイチロウの弟子に育てられた。その伝手でESと父シロウの存在を知り、ネオ・シャンハイへやって来た。――確かに、辻褄は合う。びっくりするくらいぴたっと当てはまる。それは、リーが話した写真の話の比じゃない。

 ジュンヤは思い出したかのように、ズボンのポケットをまさぐった。中から折れてシワシワになった二枚の写真を取り出し、ベッドの上に広げて見せる。


「これ、どう思う」


 次々に情報を与えてくれる彼らを信用し、彼は今まで第三者に見せたことのないそれを、二人につきだした。

 随分レトロな物をと、ダニーが受け取る。島の山と箱庭の写真だ。所々、色がかすれて黄ばんでいる。


「印画紙なんて久々に見たよ。よく保存してあったな」


 今時、こんなモノを持ってるのはよっぽど骨董趣味なヤツか専門家ぐらいだよと、ダニーは付け加えた。実際、ネオ・シャンハイの地下室に飾っていた写真だって、どうせ撮るならと、シロウが無理矢理、ドームで一番の老舗業者にお願いしたのだった。


「こんなに自然が映ってるなんて、――大戦前? だとしたら、逆に保存状態がよすぎる」


「裏、見て」


 ジュンヤに言われたとおりにめくると、文字が。


「何か書いてある。『もし、君がドームを抜け出す手段を得たら、僕と島で会おう。写真に写したあの小屋で待っている。自由を勝ち取るんだ』なにこれ」


 レナが覗き込んで棒読みし、首を傾げた。


「これだけじゃ、何を言いたいかわからないよ」


「待ってレナ、こっちには日付、『君の未来がこの島と繋がっていますように 四七六年三月 ティン・リー』……ジュンヤが言ってたリーって、こいつのこと?」


 こくりと、ジュンヤは神妙な面持ちで、深くうなずいた。


「日付は今から二十三年前。俺が生まれるより三年も前のことだ。リーは死んだ親父の親友だと言って、突如俺の前に現れた。そして、ディック・エマードがいかに危険な人物なのか、自分が親友の息子をどれだけ救いたいと思っているかを切々と説いて、俺はすっかり、彼に言いくるめられてしまった。ディックは彼を信じるなと言ったんだ。――俺は、どうにかしていた」


「どうにかって?」


 レナが合いの手を入れる。


「二人は元々知り合いだったらしく、互いにそれらしいことを口走っていた。よくよく考えてみれば、そんなのおかしいんだ。リーはどう見積もったって、三十手前、俺より少し年上なくらいだ。政府にいた七年前に、ディックと確執を持つよな関係になれたかどうか。それに、親父と写真をやりとりしたという二十三年前に至っては、どう考えても幼児だろ。それで親友? ありえない。彼は自分に『老い』も『死』もないと言ってはぐらかした。そんなこと、科学的に有り得るのか?」


 ジュンヤは真剣そのものだった。必死に自分の考えを整理しようとしているのが、傍目にも見て取れた。しかし、事情の知らないダニーたちにとって、ジュンヤの話は簡単に理解できるようなものではなかった。


「聞くまでもなく、老いや死は誰にでもあるだろ。その、リーって男の言ってることは、どれだけ信用できるんだ」


 当然の疑問に、ジュンヤはまた表情を曇らせる。


「冷静に考えれば、おかしいって判断できたはずだ。でも、俺はリーを信用してしまった。……目の前で、喉元撃ち抜かれ殺された男が、数日後に何食わぬ顔で目の前に現れたとしたら、どう。老いることも死ぬこともない、あれこそが神なんだと、思わせるに十分な説得力はあったけどな」


 つうと汗が頬を伝い、ジュンヤは病衣の袖でぐっと拭った。全身から染み出た脂汗で、全身が知らず知らず、不快なほどに湿っている。

 不安になっていた。

 自分を助けてくれたとはいえ、誰にも話したことのない事実をどんどん話して、それでもし、この二人が敵だったら。今にもリーや特殊任務隊のヤツらが、『とうとう本音が出たな』と扉を開けるかも知れない。体力の回復していない自分は、逃げることが出来ない。また何か、恐ろしいことに巻き込まれるかも知れない。恐怖心が、ジュンヤの胸の中で膨らんでいく。

 ダニーとレナは、しばらく難しそうな顔でジュンヤの話を聞いていたが、そのまま黙りこくってしまった。何を考えているのか、じっと写真を見つめたり、頬や首筋を触ったり髪をかきむしったり。

 ジュンヤは二人の動向をじっと見つめ、彼らの心中を探る。敵じゃない、味方だと、何度も心の中で唱えながら。


「――老いにくい身体に関しては、いくつか方法があるのは知ってる」


 沈黙を破ったのは、ダニーだ。


「自分の遺伝子を他生物の細胞に移植培養して、損傷を受けた箇所と同じ部品を形成し、移植する。皮膚がただれれば皮膚を、指が無くなれば指を作る。遺伝子レベルで本人のとほぼ同等のモノが作れるわけだから、拒絶反応は少ない。ただ、この方法だとまるっきりのオーダーメイドになるから、傷害によって欠損した場合くらいにしか使われない。遺伝子レベルで老化しにくい身体を作る方法もある。老化の元となる活性酸素を作りにくい遺伝子構造へと変化させることで、寿命は延びる。寿命を平均の七十五歳から一気に百歳程度まで引き上げることも難しくはないらしい。だけど、結局老化スピードが緩やかになるだけで、細胞の老化以外、例えば持病があったり、極度の体力消耗があったりするような場合には、あまり効果がない。同様に、移植や美容整形で外見的に老化を遅らせる方法をとっている人も多いが、これはこれで根本的な解決にはなっていない。ジュンヤが言うように、本当にリーという男が目の前で殺され、生き返ったように見えたのだとしたら、最初からその事件はなかったのに、あったように記憶を書き換えられたと考えるのはどうだろう」


「それはない」


「どうして」


「当事者の他に、目撃者がいる。俺と、あと二人。記憶を書き換えるのだとして、どうやって? 遠隔操作で簡単に、人の記憶って変えられるもんなの」


 今度はダニーが黙りこくった。


「ねえ、ちょっといいかな」


 男二人が無言になったところで、レナがスッと手を上げる。


「私、考えたんだけど。遺伝子いじったり、身体いじったりして肉体に負担かけるよりも簡単に、長生きする方法。ネットハッカーで、偶にやるヤツがいるんだけど、意識を電子化させて、データベースに直接侵入するヤツ、応用できないかな」


「何それ」


「……聞いたこと、ないかな、ないよね。ダニーは分野が違うもんね。そもそも、電子の世界ってイチとゼロの集合体じゃない。人間の脳も、ニューロンが電気信号を発することで意識を形成してる。つまり、その電気信号を、イチとゼロに変換して電子の世界に送り込むわけよ。私たちが普段モニタやディスプレイを通して得ている情報を、感覚として脳に直接取り入れる。精神に異常をきたす場合があるから、推奨はされないけど、実際そういうやり方でメイン・コンピューターに侵入してる人がいるのは知ってるよ。同じ方法で、記憶や感覚をデータ化させてサーバーに保存し、別の身体にダウンロード出来るとしたらどう。その身体がもし、その人のクローン体であったとしたら、生き返ったように見えるんじゃない?」


 ぺらぺらと流暢に語るレナの言葉の一つ一つが、ジュンヤを刺激した。アイディアはとても奇抜で、現実味がないはずだのに、なぜかしっくりくる。それまで曇っていた顔が、少しずつ晴れていく。


「……それだよ」


「ね、でしょ」


「だな、それだ」


 狭い室内で、三人、互いにうなずきあった。


「でもジュンヤ、そいつはクローン体なんて持ち得るような、たいそうな人物なわけ?」


 とんでもない仮定に納得したあとで、レナは唐突に訊いてきた。

 ジュンヤはもう、悩みはしなかった。これまで一人悶々と悩み続けてきた全てがさっぱりと解決していくのに貢献した二人を、疑おうとは微塵も思わなくなっていた。



「ティン・リーの正体は、政府総統。この世界を支配している男を、俺は敵に回してる。それでも、やっぱり二人は俺に協力してくれるのか」

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