Episode 15 TYPE-C
72・地下施設の秘密
目的地は島の高台にあった施設。恐らくあれは天文台、空を観測していたに違いない妙な建物だった。ラムザの残したファイルによると、その地下にある冷凍庫とやらが重要な鍵を握るらしい。攻め崩すにはまずそこだと、ディックは言い放った。
特定した施設の座標を確認し、地下冷凍庫内部に侵入する準備を急ぐ。一度島に行ったことのあるハロルドを含め、キースを中心に五人、ディックが急ぎプログラム変更した物資転送用の転移装置を使って現地に飛ぶのだ。全身白の冷凍貯蔵庫用作業着で着ぶくれ、身動きが取りづらいのを一番嫌がったのは、年長者のハロルドだった。
「何が待ち受けてるかもわからず飛ぶ上に、この装備じゃ身が持たないな」
苦笑する彼に、キースはあくまで厳しい言葉で臨んだ。
「今は体裁気にしてるような状況じゃないはずでしょ。とにかく急ぎ飛んで、片を付ける。――ただ、気がかりなのは目的、何を壊しに行くのかだ。博士からの事前情報は期待できないのかな」
「あー、それは無理だ。あいつの考えてることなんて、誰にもわかりゃしない。わかる必要もない。……まだ味方の内は、黙って指示に従っておくのが身のためらしい」
視線を落とすハロルドを尻目に、キースは先頭を切って、床に埋め込まれた転移装置の円形へと足を進めた。既にその中央部には、武器の入ったバッグが人数分積まれている。
「時間がない、飛ぶぞ」
フェイスガードをして、キースはスッと右手を挙げた。同時にカウントが始まり、装置から離れるように警告する音声が、輸送センター各所に響き渡った。
*
島は、あいにくの嵐だった。暦は九月、丁度旧日本列島付近は台風シーズンを迎えていたのだ。
横殴りの風が、到着したばかりのハロルドたちに容赦なく叩き付けてくる。着ぶくれした身体は、簡単に風に煽られた。
丘の上に作られた白壁の施設まであと五十メートルほどという地点ではあったが、自然の猛威を知らない彼らにとっては、とても耐えられるようなものではない。幸いにも風のみ、どんよりと曇って今にも雨粒の落ちそうな空は、彼らが施設の入り口まで辿り着くのを待ってから、勢いよく降り出してきた。窓から覗き込むようにして外を覗い、その荒々しさに、キースは目を丸くした。
「何度かEUドームの外側に出たことはあるけど、こんなに激しいのは初めてだ。一体何が起きてるんだ」
「まあ、雨に打たれなかっただけでも良かったと思おう。ずぶ濡れになったあとに冷凍室に入ったら、カチンコチンだからな」
ハロルドにとって、その施設に入るのは二度目のこと。ふと、ディックとここを訪れたあの日のことを思い出していた。
相変わらず、無人の施設に不自然に空調が効いている。今もこの施設が動いている証拠だ。太陽光発電機のメーター、以前は気にも止めなかったが、施設に入ってすぐ、壁の裏側に見つけた。通路を進み奥の機械室には確か、多くの端末とモニターがあった。転移装置はあの部屋だ。
「どこかに、地下へ通じる穴があるはずだ」
荷物を置いて、ハロルドは、施設内くまなく探すよう指示を出した。
キースが引き連れてきた三人は、元々ドームの戦闘員らしく、体力自慢ばかりだ。ウッドは体格がよく肉弾戦向き、アレックスは武器の扱いに慣れていて、ベンは見た目細く頼りなさ気だが持久力があり銃撃戦が得意だという。おかげで、いちいち動いては息の上がるハロルドとは裏腹に、他の四人は重装備だろうがさくさく動く。それぞれ初対面だが頼もしい。
キースは特に、いつになく張り切っていた。もちろん、今まで来たことすらないところにワープしたこともその一因だろうが、やはり、自分が何かの役に立つのだという気持ち、そしてディックへの尊敬の念が強まったことも、関係があるのだろう。
壁、床タイルの一つ一つを丹念に調べていく。どこかに不自然な切れ込みがないか。スイッチはないか。念入りに念入りに。
「あった!」
調べ初めて十五分前後経ったところで、ベンが手を上げた。他の四人が慌てて駆け寄ると、廊下にあった配電盤が壁ごとぐるっと半回転し、大人一人がようやく通れるような縦長の穴がぽっかりと空いていた。まるで推理小説張りだなと皆で苦笑いしたところで、キースが再び指揮を執った。荷物から懐中電灯を取り出し、穴を照らす。階段が更に地下へと続いている。
「行くぞ」
階段の幅は約一メートル。装備さえなければ簡単に通れそうな幅だが、加えて銃器の入った荷物もあり、降りるのがやっとだ。照明もなく、足元も危うい。ゆっくり慎重に、五人は地下を目指した。
しばらくして空気の流れが変わり、ようやく地下室の入り口へと到達する。部屋の内部に足を踏み込むと、自動で照明がつき、視界が急に明るくなった。
辺りを見回す。
コンクリートで覆われた室内に、配管、気圧調整用バルブ、室温管理用パネル、監視モニターとメンテナンス用の機材。それから、くくり付けの棚には、自分たちが今身に着けているのと形が似た冷凍貯蔵庫用作業着、防寒用ジャケット、フルフェイスヘルメットに酸素マスクとボンベまである。
「誰かがここで、何か作業をしている証拠だ」
特殊な形をした冷凍貯蔵雇用のマスクがふたつ、棚に並んでいた。キースがその一つを手に取り、ふと、製造ナンバーを見る。
「随分新しい。495-03-RS3AT5785……。四九五年三月製造、――たった四年前だ」
「待って、こっちも。だいぶ新しいぞ」
それぞれが機材や防寒具の製造年を確認し、呆然とした。
「これってつまり、今もここを利用してる人間がいるってことだよな」
キースに言われるまでもなく、この施設は現役だなのだと、ハロルドは知っていた。
前回だって、なぜか人がつい最近まで作業していたような形跡があったし、機器類だって普通に動いていた。野菜の監視がどうの、アレはフェイクだったのかも知れない。本当はここ、地下の施設を隠すための――。
作業着類の置かれた棚のすぐ側に、扉が一つ、半開きになっている。更にその奥、頑丈そうな扉が。
五人は揃って生唾を飲んだ。
「情報、結局何もなかったな。こんな状態で行って来いだなんて、ディックのヤツあんまりだぜ」
口から出たセリフとは裏腹に、ハロルドの心には微塵の余裕もない。その場に立って、震えを抑えるのがやっとだった。
おのおの、荷袋から武器を取り出し構える。凍傷にならないよう再度装備を見直し、キース先頭に奥の扉へと進んでいく。金属製の扉の前で一度立ち止まり、仕掛けがないか確認。銀色に鈍く光った扉の周囲は、向こうからの冷気が伝ったのか、ひんやりしていた。
冷凍庫にあるのは大事なものだと言う割に、電子錠は解除されている。扉横のパネルにOPENの文字、誰かが操作して開けた証拠だ。
「まさかと思うけど、中身、無くなってないよな」
ウッドが震えた声で言う。
「いや、罠かも知れない。ここに俺たちが来るのを知っていて、誰かがわざと開けておいた可能性も」
「それはないだろ。第一そんな情報、どこから」
アレックスとベンも、互いに自分の考えを言い合うが、答えなどでない。全てはこの扉の先にあるのだ。
「待て、難なく開きそうだ」
不審に思いながらも、キースは円形のハンドルを両手で慎重に時計回りに動かしていく。ギギ、ギギと金属の触れ合う音が地下に響いた後、ガゴンと気持ちのいい音が一度。扉がゆっくりと開いた。
冷気が地下室に一気に流れ込む。身体に絡みつくよう床を這い、足元を震えさせ、地下全体を冷やしていく。すっかり防寒着に身を包んでいても、自然に身体が震えた。薄暗い冷凍室内に目が慣れてくると、ぼんやりと青白い光が、大量に並んだ銀色の大きな何かを照らしているのがわかった。それが何か、先頭にいたキースが確認しようかと手を伸ばしたそのとき、ハロルドの携帯端末がメッセージの新着を告げる。
慌てて引き返し、ハロルドは作業着のポケットに突っ込んでいた端末の画面を確認した。送信者はディックだ。
「……冷凍庫に眠るTYPE-Cを全滅させろ? どういう意味だ」
ハロルドがメッセージの内容を読み上げているその間に、キースは見てしまっていた。奇声を上げ、立ちくらみ、それをウッドとアレックスが慌てて支えている。銃がバラバラと小脇からこぼれ落ち、その一つは冷え固まった床をコロコロと気持ちよく回転しながら、その銀色に当たって止まった。
「ハロルド、見ろ! 人だ、人が眠ってる!」
ベンのひっくり返ったような声に急かされ、彼は慌てて冷凍室内に戻った。
冷凍室で人が眠ってというベンのセリフから、ハロルドは氷の墓を連想していた。
どこかで聞いたことがあったのだ。過去に病気や寿命で死んだ人間が、未来の技術革新を夢見て、冷凍されたまま生き返るのを待っていると――それは、実に馬鹿げた昔話だった。
地球歴に入っても、人間が生き返るなどということはあり得ない。死は全ての終わりを意味するものであって、それを受け容れられないなど理解不能だ。
そういえば、宇宙旅行を夢見ていた時代、何万光年も先に宇宙船を飛ばそうとして、ワープに耐えうるため宇宙飛行士をコールドスリープさせようとしていたという話も聞いた覚えがある。宇宙に行くどころか、第三次世界大戦が勃発して核に冒され――本当はどうだったのかなど、誰も知る由がないが――、人類はドームに閉じ込められた。火星や月の開発は何とか進んだものの、核汚染されたとされる地球から宇宙船を使って外宇宙へ飛び立つというのは、ほぼ不可能だったのだ。
「人が、眠ってる? TYPE-C? 何を言って」
ぶつくさと呟きながら、ハロルドは恐る恐る、冷凍室内に整然と並んだ大きな銀色の筒の一つを覗き込んだ。霜で覆われた強化アクリル部分をそっと手袋で撫ぜると、よりはっきりとその中が見えた。
確かに、人間だ。鼻筋の通った綺麗な顔立ちをしている、黒髪の東洋人の男。やけに見覚えがある。
また、ベンが奇声を上げる。
「同じだ、同じ顔が」
「何だって」
足をもつれさせひっくり返るベンを横目に、ハロルドはその隣にあった筒の中を同じようにして覗き込む。そこには、
「同じ、だ」
両脇に、同じ顔をした人間が眠っている。
冷凍室内に並んだカプセル状の銀筒、空のものとそうでないもの、中は全て同じ――。
「TYPE-C、これが」
恐ろしさのあまり、喉が渇いた。冷気を吸い込まぬよう被ったフルフェイスヘルメットの下、嫌な汗を掻いているのが自分にもわかった。
ディックの言葉通り、よく見れば筒の上部に“TYPE-C”の文字が刻まれている。何がCなのか、困惑するハロルドの背後で、第三者が物音を立てた。
「――何をしている」
しわがれた声に、全員の目が冷凍室の入り口を向く。黒い小さな影と、大きな影。
キースには見覚えがあった。あの、地下空間で戦った老人と巨人だった。
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