40・失敗作
二台のバイクの前方、爆撃によって広げられた空間に、細く青白い光の柱がいくつも並ぶ。ひとつ、ふたつ、みっつ……、十も、二十も。次々に柱は太く、光は強くなり、凸凹に削られたコンクリの床に光の円柱を描いていく。
「転移装置だ。奴らまさか」
ディックは目を疑った。その青白い光は、まさに空間転移装置の効果そのものなのだ。
それぞれの光柱から人間の足が、体が、徐々に姿を現していく。光の中から抜け出た兵士たちはゆらりと重たい頭を上げた。生気なく虚ろな瞳で様々な武器を構える二十数人。彼らの着込んだ黒い戦闘服の背中とヘルメットの側面には“NCC”のロゴ。手足の本数に問題がある、又は明らかに人の形をしていない者もいる。爛れた皮膚、逆に体毛で全身を覆う者、尾のある者までも。だらしなく荒く息をし、肩を震わせている。
ドームの戦闘員たちも、思わず攻撃を止めた。突如現れた正体不明の人型が何者であるか理解できず、こぞって柱や壁の陰に身を隠す。
「何てことだ。奴ら、失敗作を」
キースが吐き捨てた。
「失敗作だからこそ、こういう場所には打って付けって訳だ。ということは、そこにいるのはウォーレス・スウィフト博士、かな」
暗がりの奥まで聞こえるように、わざとらしくディックはスウィフトの名前を挙げた。低い声が構内に反射して、響き渡る。デザートイーグルを構えたまま柱の陰から這い出るディックを、慌ててキースが制止した。
「エマード博士、危ない、隠れて!」
白衣の端を握り連れ戻そうとするキースの腕を振り切って、ディックは歩を進める。
失敗作たちの陰からのっそりとしわがれた老人が歩み出た。
「久しぶりじゃの、エマード博士。――いや、D-13」
睨み合いの続く戦場に、ディック・エマードとスウィフト、距離を縮めた二人の声だけが妙に響く。
「その名前はやめてくれないか。俺はもう、あの頃の俺じゃない」
言ってギリリと歯を鳴らす。
忘れもしない、NCC――No Code Children養成施設。まだ十代の少年だったディック・エマードがいた場所。思い出したくはないと、政府ビルを抜け出してからずっと心にしまっていた記憶。ここでもまた過去が蒸し返される。
「どういうつもりだ、スウィフト博士。こんなところまで自ら失敗作を連れて。リーの差し金か。奴はまだ生きているのか」
NCCの黒い失敗作たちがディックに的を絞り攻撃体勢に入っているが、ディックにとってそんなことはどうでもよかった。今はただ、スウィフトがどう答えるか。それだけ、それだけだ。
鼓動が知らず知らずに高鳴り、引き金にかけた指にまで汗がじっとりと染み渡っていた。解き忘れたゴーグルのサーモモードが視界を怪しくし、照準を合わせにくいのさえ気にならないほどに、ディックは緊張していたのだ。
猿顔の老人スウィフトはヘルメットの下で嘲るように笑う。ぎょろりとした目を大きく開き、唇の端を上げて彼は言った。
「生きとるよ、リー総統は今も健在じゃ。お主は罠にかかっておるんじゃよ。総統閣下の、鮮やかな罠に」
――どくんと、大きく胸が波打つ。
「いつからだ、俺はいつからその罠に」
ディックはガタガタと震える歯を必死に食いしばり、更に尋ねた。
「さあのぅ、そこまでは。……じゃが、ここにお主が来るということも、ウメモトの息子が島で総統に出会うことも、全て決まっていたことらしい。ここでお主がわしらの足止めにかかり、小僧が“E”の確保に成功すれば、ひとまずわしらの役目は終わり。わしはついでに、NCCの雑魚の始末とエドモンドの性能実験が出来れば満足じゃ」
「何……?」
スウィフトの言葉の意味を噛み締める。じりじりと敵前に迫り全身から噴き出す汗を感じながら、ディックはそれまでのことを頭で整理する。
自分が今こうして戦っていること、それすらリーの罠だというなら。
アンリがハロルドに誘いをかけEUドームに飛空挺を引き寄せたことも、あの島でリーを撃ってしまったことも、あの場にジュンヤとエスターが居合わせたことも、全て必然で。
島に妙な野菜畑があったのは、作物生産を一手に引き受けたEUドームに被害が出ても当面の食料自給に影響がないようにするため前々から用意されていたことで、それに気づかずのこのことここまでやって来てしまったのだとしたら。
自分がここで罠にかかっているということは、本当の目的は別のところにあって、それから遠ざけるためなのだとしたら――。
全身の血が音を立てて引いていく。
「──つまり、ドーム襲撃の本当の目的は、“E”、エスターなのか」
真っ暗闇に蹴落とされた。
予測を超えた最悪の展開に、彼は打ちのめされていく。
いくつもの場面が彼の脳裏を高速で走り去った。その全てを繋ぐ糸がリーの手の中に続いていたのだ。端正な顔を歪めて高笑いするリーの姿が浮かぶ。
リーにもてあそばれていただけの自分、まるでチェスの台に並べられた駒と違わぬではないか。
この場から早々に立ち去らねばという思いが、ディックの指を動かした。
銃口から一つの弾丸が飛び出す、スウィフトの額目掛けて。
だが弾は刹那、ディックの前に現れた黒い巨体に遮られた。視界の途切れた頭上から、大男が軌道上に飛び込んできたのだ。スウィフトの乗っていたバイクを運転していた大男、エドモンド・ケイン。黒い影のような男は、その身でディックの放った弾を受けた。弾は脇腹を貫き、大量の血が辺りに散らばるも、巨人はものともせずディックの懐へと飛び込んでいく。そして、腹部に強烈な一撃。
「エ、エマード博士!」
キース始めとする、EUの戦闘員の誰一人として、巨人の動きに気づかなかった。陽炎のようにぼやけた気は、地下空間の異様な気配と完全に同化していたのだ。
慌てて彼らは巨人に照準を合わせた。しかし下手に弾を撃てばディックも巻き添えにしてしまう。躊躇していた矢先、
「やれ!」
スウィフトの合図で、今度はNCCの軍勢がドームの戦闘員たちに迫ってきた。箍の外れた失敗作たちは、ある者はナイフ、ある者は銃で無遠慮に襲いかかってくる。
再び、銃弾が飛び交い始めた。連続する銃声、飛び散るコンクリの欠片、噴煙、炎はよりいっそう高く燃え上がる。十分な人数で向かってきたはずだったが、一人の戦闘員に対し複数体の失敗作が襲ってくる始末。恐れを知らぬ、例え銃撃を受けて身体の一部を失ってもゾンビのように何度も起き上がる不死身の一団。
人の形をしているが、人間ではない。まさしくモンスターと呼ぶに相応しい。
驚異はドーム戦闘員たちの志気を否応なしに削いでいく。
「閣下は決して口にしないが、わしは思うとる。D-13、お主はNCC始まって以来の失敗作じゃ。総統閣下のために作られ生まれた生命体のクセして、どこまであの方の意志に抵抗する。もっと早く運命を受け容れておけばこんなことにはならなかったはずじゃ。NCCにいたあの時、わしがお主の正体にもっと早く気づいていればと何度後悔したことか」
腹部を抱え悶絶し地面に膝を突いたディックは、その痛みに耐えながら自分を見下ろす老人に目を向けた。激しい腹痛、内蔵に強烈なダメージを与えたことを悟らせる。
消えゆく意識の中、消え入るような息でスウィフトに問う。
「気づいていれば、どうしたんだ」
老人は冷笑を浮かべながら彼の側まで歩み寄り、腰を屈めて耳元に囁いた。
「無論、あの方に差し出していた。当初の目的通り、お主の身体をあの方の……にするために」
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