39・迎撃
ドームのあちこちから噴煙が上がり、時折ズシンズシンとドーム全体が振動する。その度にざわめきや悲鳴が上がった。
ドーム内の非戦闘員達は被害区からより遠い場所へと避難したり、ESの飛空挺へと逃れたりして、難を逃れようとしていた。荷出しを終えたハロルドはドームの若者たちと協力して人々を誘導、飛空挺にエンジンをかけて操縦室からドームの様子を見守った。
戦闘員らはその一方で、迫り来る敵を迎え撃つ為の準備を進める。
ドーム内“G”の扉から更に少し進んだところにある少し広めの会議室、その床や会議テーブルの上には、武器庫から引っ張り出した武器や防具が所狭しと並べられてた。各々が自分に合ったものを身につけていく。迷彩柄の戦闘服を着込んだ十数人の男たちと共に、ディックも装備を固めていた。
防弾チョッキを着込んで、眼鏡の上からゴーグルを装着、愛用のデザートイーグルに弾を装填する。もしものためにと渡された予備の小銃、実弾用ではなくエネルギー充電タイプの光線銃だったが、この際だと諦めて懐に入れた。最後にいつもの白衣を羽織る、EPTにいた頃から変わらないスタイルで相手を誘う。敵に自分の居場所を視覚的に伝え、無駄に犠牲者を増やさないようにするのだ。
こうしている間にも警報は鳴り響き、アナウンスは徐々に敵がこちらに向かってきていることを伝えている。
「こっちは準備万端ですよ、行きますか、エマード博士」
ようやく準備の終わったディックに、赤髪の凛々しい男が話しかけてきた。キースと名乗る彼は戦闘服の群れから一歩踏み出し、制御室から持ち出した見取り図を空いているテーブルの上にザッと広げた。男達はキース中心にぐるっと纏まり、最終確認する。
「アナウンスによると敵は既に上層部に突入。この先の緊急避難路から三層下、L-8地点まで到達している。出来ればLからJ区画くらいで足止めしたい。科学消火剤、防塵マスク、ヘルメット、ゴーグル、用意よし。各々、もしもの時は渡した無線機で制御室に連絡を取るように。──敵の標的はエマード博士と考えられる。全力で護りつくせ」
通路の奥、避難路入り口に向け、銃を構えて会議室から一斉に走り出す戦闘員の最後尾をディックとキースが並んで走る。
「アンリは制御室か」
ディックはふと、キースに問いかけた。
「ええ、彼は戦闘向きじゃないので。全体を把握して、指令を出してもらわないといけませんから」
キースは淡々とした語り口でそう答えた。年の頃はジュンヤより幾分か上だろう。さっぱりとした印象で丁寧、かなりの好青年だ。
「実は僕、あなたと同じNCC出身なんですよ。伝説になってましたよ、あなたの名前、経歴、腕前……。こうして隣にいるのが不思議なくらいです」
そうか、この男もかと、ディックは思ったが口には出さない。
──ティン・リーと再会してからというもの、昔のことを思い出さずにはいられなくなってきていた。複雑な運命の糸がこんなところにまで絡まってきている。どこかで仕組まれていた大きな罠にはまり、抜け出せずにいるのを嫌というほど感じるのだ。そのせいか、どうしても邪念が付きまとう。
――『全て、リーの……、ティン・リーの仕掛けた罠だったと』
アンリの前で思わず自分の口から出てしまった、あの台詞。知らず知らずのうちに、脳内で繰り返している。ディックはブンブンと大きく首を振り、無心に駆けた。
*
薄暗い避難路を辿り、L区画に入る。
ロック解除された鋼鉄の扉を開け、突入。煙で視界の上半分が真っ白く濁った、だだっ広い空間がそこにあった。足元にジャリと鉄のレール、そしてかなり高い天井。稼動中の通気口が上部にあるらしく、煙はどんどん上に吸い上げられ、煙の割りに視界はさほど悪くない。それでも、絶えずあちこちで鮮やかな赤が燃え上がる。ケーブルに引火するパチパチした音は、この場所も決して安全ではないことを知らせているようだ。
火元の近くでは、ビニルや鉄の溶ける臭いでむっとする。汚れた空気に晒され、肺が苦しくなる程だ。このような状況で戦うのは死に急ぐこと。状況さえ許せばそこにいる誰もが道を引き返すのだが。
二メートル強の段差を上がる。足元から人の背丈程度までは、辛うじて向こうまで見渡せる位の視界。しかし仮に頭上から攻撃されれば回避は難しいだろう。ディックは頭上を仰ぎ見、武者震いした。
『今到達したL-3地点付近に敵の反応がある。警戒を』
無線からアンリの声。全員否応なしに緊張し、生唾を飲む。
ボンと大きな音がし、右前方で何かが崩れはじめた。
敵だ。
男たちは揃ってディックの前に歩み出ると、装備していたエネルギーライフルを構えた。エネルギーボトルの中で、青い蛍光色の高濃度溶液が波打つ。
L-3地点は大戦前の地下鉄跡。長く伸びた線路が一段下に見え、プラットホームと思われるこの場所には直径一メートル強の柱が等間隔に並んでいる。
柱の陰に隠れ、敵の動きを見図る戦闘員たち。ディックもキースと共に、同じ柱の後ろに身を潜める。
爆音の後の噴煙が、ゆっくり消え去り、通路の奥から人影がはっきりと見え始めた。
「やっと、お出ましみたいねぇ」
甲高い女性の声が響き渡る。棘のある、艶やかな声。背後でバイクの排気音。ヘッドライトが二つこちらに向けられ、男たちは思わず目を細めた。情報通り、バイクは二台、黒いライダースーツを着込んだ人影が三つ。
「エマード博士、待ってたわよ。その顔を拝める日が来るなんて、光栄だわ」
声の主はゆっくりとこちら側に銃口を向けた。バイクにまたがったまま右手を左右に大きく動かし、彼女は散弾銃を撃ちまくった。肩に食い込むほどの衝撃があるはずだのに、彼女は悠々と銃を操っている。エネルギー弾の蛍光が拡散し、噴煙が辺りを支配していく。
「肉体強化。――彼女、人工筋肉を埋め込んでるに違いありませんよ」
キースが話しても、ディックは彼の話を聞いてか聞かずか無言でじっと敵の様子を覗うのみ。一歩も動かず、息を潜めている。業を煮やしたEUの戦闘員たちは、応戦すべくエネルギーライフルで攻撃を始めた。
暗がりの中で互いのエネルギー弾が行き交った。赤く輝く女の銃弾と、ES戦闘員の青白い銃弾。次第にそれらは近づき合い、足元が脅かされていく。女の撃つ無数の弾丸は隠れていた太い柱の中心を射貫き、隠れていた戦闘員をあぶり出していく。
視界を奪われ身動きが出来ないディックらに、アンリから無線。
『ゴーグルに簡易サーモシステムを入れてある。右こめかみ部のスイッチを押してみて』
そういうことは最初からと、ディックは台詞を飲み込んだ。眼鏡の上から無理矢理かけたゴーグルに、赤とオレンジで人型が映し出された。遠方に三つあるのが敵だ。他、柱の陰に身を隠して応戦しているのが味方。ざっと周囲を見回し布陣をチェックすると、ディックはようやくキースに口をきいた。
「奴ら、まともに戦う気はないな。ただ無意味にぶっ放ってるようにしか思えん」
確かに、銃弾の勢いに押され柱の陰から出られない。が、それだけだ。
彼女は単純に足元をなぎ払うように銃撃するが、距離は縮めない。不審だと二人が頷くその隙を覗うかのように、今度は彼女の後方、現れたもう一台のバイクの後部座席から、小さな影が次々に手榴弾を投げていく。
爆風が何度も襲う。構内に点在するキヨスクの残骸も、改札口も、錆付いた案内掲示板も、皆吹き飛んでいった。
足元が揺れ、柱に、壁に、床に、無数の亀裂が入る。
間髪入れず、攻撃は続いた。
「相当数の弾薬を持ち込んでますね。ドームを破壊するつもりなんでしょうか」
ディックの背後で、キースが不安そうに呟く。
噴煙と炎が辺りを包み始めていた。真っ暗だった空間がほのかに見渡せる。だが、それは決して喜ぶべき事態ではない。L区画に入って銃撃戦を交え、足場の悪くなった地下空洞は、キースにとって閉鎖された地獄のようにすら思えていた。
「安心しろ、この程度じゃドームは崩れない。だが、空間を広げ、俺達を近付けなくしているのそのやり方が気になる。一体──」
ディックの台詞の途中、急に敵の攻撃が止んだ。
二人は恐る恐る、柱の陰から顔を出した。
バイクが二台、十メートル程先に停車している。爆風で生じた白いもやに、エアバイクの前照灯が光の道を形作る。
「本番はこれからよ、エマード博士。じいさん、転送準備、いい?」
黒いライダースーツの女はバイクに乗ったまま、持っていた散弾銃を肩に担いで大きく揺すった。空いた左手で、ヘルメットからはみ出した見事な赤毛を掻きあげている。
「パメラ、いくぞ」
奥の、もう一つのバイクの後部座席から降りた小さな影は、小さな四角い端末を操作し、
「転送開始!」
しわがれ声で大きく叫んだ。
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