34・過去を知る男
モニターで埋め尽くされた狭い室内、ぎっしり置かれた機材とそれらを繋ぐ無数の回線。コンピューターが引っ切り無しに音を紡ぐ。
機械の起動熱で室温が高くならないようにしっかりと冷やされた室内に、真っ黒な服を着た若い男が一人。銀髪に赤茶の瞳が妖しく光る。長四角の眼鏡にはモニターの映像が反射して、チカチカと眩しく光っている。
「やっとお出ましみたいだよ、マザー。君の大好きな、あの男が」
いたずらっぽく笑う。
画面にはEUドームの側に着陸したESの飛空挺、そこから降り立ち、ドーム内へと案内される男の姿。着古した白衣に、口髭の男がアップで映し出される。
「待ってたよ……、ディック・エマード。あんたの来るのを、ずっとね」
クククっと喉で笑うと、男は座っていた椅子をギシと大きく揺らした。
*
ドームの一つ一つに蔦が絡まる、それはネオ・シャンハイで見たのと同じように幻想的で神秘的な光景だった。一番北側のひときわ小さなドームが、外界からの入り口。EUドームの一部の人間たちは地球が自然を取り戻しつつあるこの状況をかなり前から知っていたという証拠である。
地球全てが核で汚染され、人間が生存することすら不可能となったとされてから約五百年。ネオ・ニューヨークシティやネオ・シャンハイのドームでは考えることが出来なかった現実。それを彼ら、ヨーロッパ大陸にあるこのEUドームの住人が知っていたというのは、ESにとってはかなりの驚きだった。
ドームの入り口は何十年も前から常態的に使われていたらしい。そこだけ不自然に何度も蔦が切り取られたような跡がある。
開けた草原の中、不自然にせせり立つドームの前で、背格好十代と思われる少年が待ち構えていた。入り口を開け放したまま、飛空挺を呼び寄せるように両手を大きく揺らしている。
「スカーレットさんとエマードさんですね。話は聞いてます。食料も準備してますから、こちらからどうぞ」
噴煙を上げゆっくりと地上に降り立った飛空挺から、他のメンバーより一足早く降り立っていたハロルド・スカーレットとディック・エマード。少年はにこやかに彼らをドーム内部へと案内した。
絡まる蔦の残骸が足元に散らばるゲートを潜り、入り口から真っ直ぐ通路を進む。内部は明るく、蔦が入り込まぬようキッチリと鉄の壁で覆われていた。しばらく行くと、道が二手に分かれた。
案内役の少年がさっと前に出て、
「右が食料庫です。十分な量がご用意できたと思いますよ」
と扉を開いてみせる。その案内どおりにハロルドが右へ行き、ディックも身体を右に向けようとすると、
「ああ、すみません、エマードさんはこっち。アンリさんがお待ちなので」
むりくり左通路へと連れられた。
「誰だ、アンリって」
疑問符飛び交うディックに、
「そいつだよ、会わせたいのって。行って来いよ」
無責任にハロルドが言い放つ。
飛空挺の中で確かに言われた、会わせたい人がいると。だがどんな人物かも聞かされず、ただ『会え』などと無責任にも程がある。あまりいい気持ちはしない。ましてやそのアンリという人物とハロルドの関係すら聞いていないのだから。
ディックは渋々少年の後を付いて歩く。
ドームとは名ばかり、そこは要塞だ。整然と真っ直ぐに伸びる通路、左右は倉庫になっているのか、重々しい鉄の扉が続く。扉一枚一枚にアルファベットがふられ、中に何があるのか、すぐにはわからないようになっている。不測の事態があった場合を想定してか、通路のあちこちに非常用防火扉が設置され、その近くには壁に埋め込まれた小型の武器庫があるらしく、取っ手と銃を模したマークが。
昔、政府ビルで働いていた時に聞いた話を思い出す。
――『EUドームは今や、“アナーキストの聖地”だ』
かつて存在したヨーロッパ連合の名前を引き継いだその場所は、政府の本拠地ネオ・ニューヨークシティのドームに近い位置に存在していたが、事実、殆ど交流などなかった。連なるドーム一つ一つに自治体が存在し、全体が小さな国家の連合体のように……、連合となって立ちはだかっていた。表向き、地球上での全ての工業・農業部門を負担し、政府に従順な立場を見せていただけあって、実際裏で反政府組織と取引し、その巣窟となっていたとしても、政府はそういった状態であることを把握していながら半ば黙認するしかなかったのである。EUドームは地上に点在する他かのドームとは、一線を画していたのだ。
大きく『G』と書かれた扉の前で、二人は止まった。少年はそこまで案内すると、部屋の中の人物をノックで呼び出し、そのまま立ち去ってしまう。
「どうぞ」
軽い口調で案内されるまま、ディックは“G”の扉を開けた。
薄暗い室内に、コンピューターの起動音が響き渡っている。壁一杯のモニターからの淡い光が、人物を浮かび上がらせる。
「待ってましたよ、ディック・エマード博士。お目にかかれて光栄です」
ひょろっと背の高い、黒ずくめの若い男。逆立てた銀髪を揺らし、会釈する。すっきりした顔に縁の四角い眼鏡を掛け、なめ回すようなじっとりとした視線をディックに向けていた。
「僕の名前はアンリ。“マザー”と一緒に、あなたの来るのを、首を長ーくして待っていたんですよ」
──“マザー”。
その言葉は、ディックの胸を貫いた。鼓動が高鳴った。激しく、嫌な予感がする。
そういえばハロルドは言っていたんだ。そいつは政府のメイン・コンピューターへのハッキングを得意としているのだと。聞き流していた言葉の重要さに、もっと早く気付くべきだった。
握り締めた拳に、じわじわと汗が滲んでくる。額から、眼鏡の内側を伝うように幾滴もの汗が伝い落ちた。ぶるぶると虫唾が走り、喉が渇き始める。
「お前のハッキング先は──、まさか、“マザー・コンピューター”……、全ての秘密の在り処だというのか……」
わなわなと恐怖とも怒りとも似つかない、もやもやした感情が噴き出してくる。
目の前にいる、若くいけ好かない男が、更に自分の運命を揺るがす人物に他ならないことが、ディックには容易に想像できていた。
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