8・EPT特殊任務隊

 真っ暗闇の星のない空の下で、チラチラと不快に瞬くビルの明りも、郊外には届かない。ひと気のない廃墟、いつもならしんと静まり返っているはずのその場所に、重厚な戦車の走行音が鳴り響く。EPT兵士を乗せたトラックが数台その後を走り、更に続いて軍用ジープが一台。物々しい雰囲気で、瓦礫の中を走っていく。


「こんな夜の出動もいいわね」


 ジープの後部座席右側のパメラが、長い赤毛をかきあげながら呟いた。迷彩服の胸のボタンを数個、豪快に外し、チラと窺える胸の谷間が色気を漂わせる。


「今からあの男のところに向かうのに、こっちは緊張しきりなんだ。そういう軽々しい発言はやめないか」


 助手席の中年男が振り返り、肩越しにパメラを牽制した。

 半開きになった窓から夜の冷たい風が入り込み、パメラの赤髪を舞い上がらせる。彼女はうざったそうにもう一度髪をかきあげると、手元のボタンを押して惜しむように窓を閉じた。


「ケネス隊長は、あの男のことを知ってるの」


 小馬鹿にした口調で彼女が言うと、男は正面に向き直って「昔の上司さ」と答える。


「七年前に逃亡してからずっと足取りのとれなかった彼が、今になって動き出したのには理由があるんですかね」


 と、今度はパメラの隣、後部座席左の若い眼鏡の男が手製のメモを読み上げた。

 理由かと、ケネスは口の中で呟いた。理由がわかれば――それこそ、七年前の地下研究室での出来事だって、きっと深い訳があったんだろうに。彼は無意味に動くような人間じゃなかったはずだ。これは事件以来ケネスの心の中で反芻してきた疑問。

 あの地下研究室、軍からの出向でディック・エマードという男の助手になり、実験を繰り返していた日々。苦痛だったのか。あの無口で無表情な男の中で、どんな葛藤があったというのか。誰も知らない、知らされることもない。実験が、倫理に反していたからか。そんなことくらいで簡単に心を乱す人間だったのか。

 まだ若かった自分と男の姿を思い浮かべ、ため息をつく。悔しいかな、彼は再び現れたときには完全に敵だった。反政府組織などに現を抜かすとは、どこまで墜ちたのだろうか。記憶の中では、少なくとも冷酷で人間の感情など持ち合わせていない鬼のような男だったはずなのに。

 郊外のひっそりした道の先に、かすかに白い光が見える。闇に浮かび上がる四角い建物の輪郭、そこが目的地に違いない。手元の端末に映し出された地図、ずいぶん昔の浄水場の跡地のようだ。次第に道がよくなり、がたがたとした音も減る。何度も行き来したように、道らしき道が現れ、その先に何かあると確信できるまでになった。


「こんな郊外で何をしようと言うんでしょうかね。まさか、我々と戦争、とか」


 眼鏡の男が嘲笑う。


「そんな浅はかな男じゃない、彼は」


 ケネスはそこまで言ってまた台詞を飲み込んだ。戦争だなんて、ナンセンスだ。そんな価値のないことを彼が求めるだろうか。いくらなんでも、そんな無駄なことをするわけがない。そう、無駄なことだ。今更のように“エレノア”と名乗る女性が現れたことも、それによって総統がESとエマードの焼き討ちを命じたことも。理由がわからないから無駄だと感じるだけなのか、それともわからないことに対して恐怖心を抱いてしまっているだけなのか。

 何が起こっているのか、不安で仕方ない。それが本心だ。

 車は更に進む。無線が何度も入り、あちらで乗り捨てた車を発見しただの、地下通路の入口を発見しただの、情報が錯綜している。相手の目的もわからずに闇雲に探さなければならないだなんて、この極度に情報化された世界では珍しい。政府の管理下から逃れるためにアナーキストたちがやってきた謀反がこうしたところで行く手を阻むとは、政府自身も気がつかなかっただろう。もっと早くに手を打っておけばこうした事態にならなかったのではと思うと、ケネスは歯がゆくて仕方ない。

 何より、政府寄りだと思われていた一流企業さえ、アナーキストへの協力を惜しんでいなかった実態が明るみに出たことも痛いところだ。資材置き場や隠し通路が上手い具合に町に溶け込んでいたのがその証拠。考えられぬほど無造作に都市部に紛れ込んでいた。これは、エマードの指図なのだろうか。


『――緊急、緊急、特殊任務隊、応答せよ。特殊任務隊――』


 本部からの無線だ。


「はい、こちら特殊任務隊。隊長のケネス・クレパスです、どうぞ」


 応答スイッチを入れ、助手席前のマイクに顔を近づける。


『北、五〇五地点に不審なエネルギー反応あり。全部隊向かいます。エネルギー砲準備を、どうぞ』


「了解」


 何かが始まっているのか、思いながら通信を切る。あと数キロ、すぐそこだ。

 再加速、運転席の大男が歯を食いしばりながらアクセルを踏み込む。ガタンガタンと大きく揺れる車内で、足下に置かれていた砲筒をいじり始める後部座席の二人。間に合わせろよというケネスの言葉に、「誰に物言ってんの」とパメラが笑みをこぼす。


「エネルギー反応って、なんでしょう。発電施設か何か――」


 眼鏡の男が手を動かしながら口走るのをケネスは聞き流していた。

 総統直属の特殊部隊だというのに、情報ももらえずに武器の準備だけするだなんて、おかしいと思わないか。ケネスはそうやって何度も自問自答する。剃り忘れた無精髭を手の甲で幾度となくさすり、闇に連なるテールランプを睨み付けながら。


――『ディック・エマードが動く。協力してくれるね』


 出動前、総統閣下から直々の通達。珍しい、普段は軍用無線など使うことのないあの方が、わざわざ……。それはひとえに、自分がエマードの部下として働いていたからなのか、それともエマード自身と総統閣下に何らかの関わりがあるからなのか。


「ええい、考えてもわかるもんか、気にするな」


 両手で顔をぐちゃぐちゃに撫で回した。無口な巨体の運転手がどうしたとばかりに隣のケネスに目をやる。


「運転に集中しろ。敵は、すぐそこなんだからな」


 不意に、目の前が明るく光った。目標の建物を中心に、閃光が走る。

 爆発、ケネスは瞬時に考えた。

 驚いた運転手が急ブレーキを踏み、ハンドルを右に切る。車体が傾き、同じように急停止した前方のトラックと追突しそうになる。間一髪、接触を免れたところで眼鏡の男がジープの天井窓を開け、車の上部から身を乗り出した。


「遅かったか!」


 思わず叫ぶケネスの後ろで、


「いや、まだまだ」


 眼鏡が珍しく歯を食いしばるように答えた。メンテナンスを終えたばかりの砲筒を天窓から引きずり上げて担ぎ上げ、その後ろから延びた配線がきちんと荷台のエネルギータンクに繋がっていることを確認する。


「オッケー、ロイ」


 足下からパメラの軽快な合図。

 うなずき、引き金に手を当てた。大人一人分の体を横たえたような砲筒の先に、急加速的にエネルギーが充満していく。ひょろっとした眼鏡男、ロイの身体を押しつぶすほどの勢いで。ロイは必死に砲を構え、照準を閃光の発信元、四角く縁取られた白い建物に合わせる。


「本部応答、敵襲と思われる爆発あり、緊急発砲します」


 後部座席の様子を確認し、無線に一方的に連絡を入れる。ケネスの声に、無線は一瞬戸惑ったような音を聞かせたが、総統直属の任務隊の行動には口出しできないのか押し黙ってしまう。それをいいことに、


「発射許可」


 ケネスの一言にロイはしっかりとうなずいた。


「発射します、五、四、三……」


 ロイがカウント始めたとたん、今度はわっと爆風が襲った。砂埃が舞い、重さのある風が津波のように向かってくるのが見えた。

 車体が揺れ、目標を失う。


「続けます、二、一」


 怯まず構えるその目前に、思いもよらぬ物が。ケネスは思わず目を瞑った。


「ゼロ」


 風に煽られトラックの荷台から吹き飛ばされた兵士何人かの身体を、白い光の砲弾が突き抜けた。彼らは一瞬で身体の一部、もしくは全部を失い、ケネスらの乗る軍用ジープの車体に激突した。石ころや瓦礫の一部とともに何度も車を叩き、カーキ色の車体がみるみる赤に染まる。強化ガラスの窓に、白い亀裂が何本も走り、ばらばらに砕け散って車内の三人を襲った。直ぐさま頭部を腕で覆い、被害を免れるよううずくまる。

 これくらいでと、ケネスは意を決して風下にある助手席のドアを開けた。エネルギー砲を飛ばした先、目標の建物がはじけ飛ぶのが目視で確認できたが、それ以上の出来事に、彼は思わず息を飲んだ。

 ――闇の中に、仄かに光る巨大な黒い月があった。

 それはまるで、この町の光を全て飲み込んでしまったかのような幾重もの光の帯を有している。その下半分は強く光り、巨体を支えるために激しくエンジンを吹いているように見えた。


「な、なんだあれは」


 思わず出てきた言葉に、自分で驚いていた。


「要塞、飛空挺……、なんと呼称すべきでしょう」


 照準から目を離したロイも、肩からエネルギー砲を下ろして呆然と立ちすくんでいた。

 激しく吹いていた風が凪ぎ、全ての音が停止する。その黒い月は、唖然とするケネスらを嘲笑うかのようにしばらくの間宙に浮いていたかと思うと、青白い光を帯びてはじけ飛ぶように消え去った。

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