第四話 宇宙を記述するために必要なもの

 素粒子の一種に「電子」があります。

 「電流とは電子の流れである」と習ったことがある方もいることでしょう。

 一アンペアの電流とは、一秒間に六億の一億倍の数の電子が流れているということです。

 おそらく電子は、素粒子の中で最も身近でイメージしやすい素粒子です。

 ですので、ここでは電子を例にとって素粒子の話を進めようと思います。


 パソコンの電源ケーブルをコンセントにさせば、電源ケーブルに電流が流れます。

 電源ケーブルの中には金属配線があり、金属配線を構成する金属原子と金属原子の間をたくさんの電子が移動しているわけです。


 このとき、こちらの電子とあちらの電子に個としての違いはありません。

 どの電子も皆同じで、右に曲がりやすい電子とか、加速しやすい電子とか、そんな違いはありません。


 物質転送装置の思考実験では、あなたを構成する原子を百パーセント入れ替えたとしても、原子の種類と位置関係が同じであれば、それはあなたであり、あなたの記憶や思考を引き継ぐという話をしました。

 ですからあなたを二人にすることも、十年後に作ることも可能だと。


 では今回の、こちらの電子とあちらの電子を比較する場合はどうでしょうか?

 あなたを複製した場合よりもずっと厳密に、同じ電子だと言えるのではないでしょうか?

 そうであれば、今の電子と未来の電子も同じ電子だと言えることになります。

 

 こちらの電子とあちらの電子を入れ替えても、物理的に何も変わらない。

 そして今の電子と未来の電子を入れ替えても、物理的に何も変わらない。

 三次元方向にも、時間軸方向にも、入れ替えても何も変わらないということです。


 もう少し具体的に考えてみます。

 高エネルギーの光子(ガンマ線)が原子核に衝突して急停止すると、陽電子と電子がついで生成されることが知られています。

 ちなみに光子も素粒子です。


 この生まれたばかりの電子も、四十五億年前から地球に存在する電子も、区別はできません。

 区別できないということは、これらは同じ電子であって、思考実験の中で二人のあなたが同時に存在したように、そして今と未来に存在したように、同じ電子が同時に複数の場所に、そして今と未来に存在していると言えるのではないでしょうか。

(ここで述べている「同じ電子が同時に複数の場所に存在する」という概念は、量子が持つ波の性質を説明する際に登場しがちな言い回しですが、無関係です)


 「ふたつの電子は、例えば運動量が違うじゃないか」という方がいるかもしれません。

 でもそれは、二人のあなたの例えば運動量が違うと言っているのと同じことです。


 物質転送装置で作られた二人のあなたのうち、一方は走っているが一方は歩いている。

 それくらいの違いであって、あなたであることに違いはありません。

 もっともあなたの場合は、時間が経過すれば記憶が蓄積していきますし、新陳代謝もありますので、複製された瞬間のあなたから徐々に物理的な違いが増えていきます。

 しかし、電子の場合にはそういう変化はありません。


 つまり、今の素粒子と未来の素粒子は同じであり、時間軸方向に同時に存在すると考えても良いことになりそうです。

 

 そしてあなた自身も私も、元をただせば、素粒子の集合体にすぎません。

 あなたに限らず、犬も猫も、車も石も、空気や水や太陽も、すべては素粒子の集合体です。

 宇宙に存在するすべての物質は素粒子の集合体であり、素粒子は場所や時間を変えても区別することができず、同時に存在すると考えることができるわけです。


 そうであるならば、「過去から未来へ流れる時間」というものは、この宇宙のどこにも実際には存在せず、それは「錯覚」にすぎないという可能性が出てきます。




 では仮に、時間は存在しないとしましょう。

 物理学における時間もまた、私たちが認識する物理現象を記述するために便宜的に定義されたものに過ぎないと考えることができます。


 素粒子の存在を記述するうえで、「時間」の要素を不要として消し去るのであれば、「運動」も消え去り、最後に残るのは種類と位置情報だけということになります。


 言い換えれば、この宇宙が誕生してから今までの宇宙の状態を記述するには、素粒子の種類と(生成、消滅を含む)位置情報だけで事足りるということです。




 では次に、素粒子の種類と位置が何によって決まっているのか、について考えを進めようと思います。

 その後で、私たちが時間として認識しているものの本来の姿を説明します。



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