第五話 エネルギーゼロ化の法則

 この宇宙を記述するには、素粒子の種類と位置情報さえあれば十分という話をしました。

 あなたがいつ生まれて、今日の食事は何だったのか、気になる異性を見てドキドキしたことまで、それらはすべて素粒子の種類と位置情報があれば記述できます。

 過去の出来事も未来の出来事も含め、この宇宙全体を記述できるわけです。

 もしどんな素粒子でも好きな場所に配置できる装置があれば、この宇宙における出来事を再現できるということです。


 では、素粒子の種類と位置は、何によって決まっているのでしょうか?


 まず、素粒子の位置について考えてみます。

 ここで、エントロピー増大則を思い出してください。

 水に落とした黒インクの分子は、水の中へ均質になるように混ざっていきます。

 衝突確率で分子の移動が決まるのであれば、すぐに均質になる必要も、均質であり続ける必要もないはずですが、均質になろうとする「方向性」があるために均質であろうとするのです。


 これは、分子の熱運動と衝突による移動だけでは説明できない別の力が働いているということです。

 そしてこの宇宙の状態は、素粒子の種類と位置情報だけで記述できる。

 つまり、素粒子には、この宇宙にできるだけ等間隔で、均質に分布しようとする力が働いていると考えられます。


 鏡のように綺麗な水面に、黒インクが一滴落ちた瞬間、つまり大量の素粒子が一か所に生まれた瞬間、それがビッグバンだと考えれば、私たちが生きている今は、黒インクが拡散している最中、つまり素粒子がエントロピー増大則によってこの宇宙が均質になるように拡散している最中と考えられます。


 黒インクの熱運動や衝突は、むしろその「均質化」を妨げる要素だと考えます。

 物質には基本的に均質化しようとする性質があり、そこに運動や衝突といった外乱が混ざることで、あたかもその外乱が均質化する力であるかのように錯覚しているのです。


 「いやいや、万有引力の法則があるでしょう。むしろ物質は引き合うはず」と、思う方もいるかもしれません。

 確かに重力も存在していますが、それは宇宙の本質ではなく、外乱のひとつ、黒インクのよどみだと捉えることができます。

 宇宙は収縮しているのではなく、膨張しているのですから。




 素粒子はさらにエネルギーに分解でき、この宇宙の根源はエネルギーだと第二話で述べました。


 ここまで素粒子に着目してきましたが、そういう意味では宇宙の本質はエネルギーです。

 素粒子が均質化するエントロピー増大則は、本当は、エネルギーが均質化、つまり安定化する途中段階だと言い換えることができます。


 つまり、素粒子という物質になっているエネルギーの状態自体が、まだエネルギーが偏った状態です。

 エントロピー増大則の行きつく先は、素粒子がすべてエネルギーに変換され、物質は何も存在せず、あらゆるエネルギーが均質で安定している、つまりゼロの状態です。


 ビッグバンとは、マクロなエネルギーの偏りであり、ミクロなエネルギーの偏りが素粒子だと言えます。

 つまり素粒子の種類とは、エネルギーの偏り方の違いにすぎないと考えられます。


 これで、素粒子の種類と位置が何によって決まっているのかを説明できました。

 素粒子の種類は、エネルギーの偏り、つまり素粒子が生まれる際のもととなるエネルギーの違いで決まっていそうです。

 素粒子の位置は、マクロに見ればビッグバンで生じたエネルギーの偏りがゼロに戻る過程の位置にいて、ミクロに見れば一時的なよどみと言える外乱の影響を受けて決まっています。


 ここまで、あたかも時間の流れに合わせてエネルギーのゼロ化、つまり宇宙の均質化が進むかのように書いてきましたが、そうではありません。

 感覚的にわかりやすいように、とりあえずそう書いただけのことです。

 実際には、エネルギーの偏りが生じた過去のビッグバンも、エネルギーがゼロ化する遠い未来も、同時に存在しています。


 では、なぜ、時間が一方向に流れているように感じるのか。

 人がそう感じる理由は、記憶の有無で説明できることをすでに述べました。

 問題は物理現象の変化に方向性があるのはなぜか、ということです。

 

 ここまでの話をベースにして、私たちが時間として認識しているものの本来の姿を説明します。



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