エピローグ

「そ、それで、明日香さんは大丈夫だったんですか?」

 と、僕は慌てて聞いた。

「ええ、もちろん大丈夫よ。別に、私は何もされていないから」

 と、明日香さんは言った。

「えっ? でも、その空き巣の男が襲い掛かってきたんですよね?」

 僕は明日香さんの話を聞いていて、明日香さんがケガでもしたのではないかと、不安だったのだ。

「違うわよ。私に襲い掛かってきたわけじゃなくて、自分のカバンを取ろうとしたのよ」

 と、明日香さんは笑った。

「カバンを? そうですか、よかった」

「あら、私を心配してくれたの?」

「当たり前じゃないですか!」

 好きな女性の事を心配するのは、男として当然の事だ。

「ありがとう。明宏君は、もう風邪は大丈夫なの?」

「はい。一週間も休んで、すみませんでした」

 と、僕は頭を下げた。

 実は、僕は風邪で一週間寝込んでいたのだ。今日、一週間ぶりに探偵事務所に出勤してきて、明日香さんに昨日の話を聞いていた。

「それで、話の続きですが――」

「カバンを掴んだ松井明は、そのまま玄関に向かって駆け出して行ったわ。そこへ、杉本さんの奥さんが帰ってきたの」

「犯人と、鉢合わせですか? それで、どうなったんですか?」

 まさか、杉本さんの奥さんがケガをしたのだろうか?

「噛み付かれたわ」

 と、明日香さんは一言だけ言って笑った。

「噛み付かれた?」

 どういう事?

「ええ。アイちゃんにね」

「アイちゃんが、噛み付くんですか?」

「そうよ。ワンと一声吠えて、右足に噛み付いたわ」

「ワン? まさか、アイちゃんって――」

「犬よ。突然、飼い主に向かって男が突進して来たから、ご主人様を守ろうとして噛み付いたのね。痛いと叫んで、その場でひっくり返ったわ。すぐに警察に電話をして、連行されて行ったけど、病院に連れて行ってくれって騒いでいたわ」

 僕は、その場面を想像して、不謹慎かもしれないけど笑ってしまった。

「それは、杉本さんの奥さんも驚いたでしょうね」

「ええ、そうね」

「でも、アイちゃんが犬だったなんて、驚きです」

 犯人も、人間だと思っていたから、自分たちの娘などと言って、明日香さんを騙そうとしたのだろう。

「私も、依頼を受けたときは驚いたわ。犬のストーカーなんて」

「それで、そのストーカーの件というのは? 誰かが、アイちゃんを狙っているという事ですか?」

「そうじゃないわ。野良犬よ」

「野良犬?」

 どんどん、意味が分からなくなってくる。

「奥さんが、アイちゃんに食べさせていたビスケットよ」

「ビスケットって――お菓子のですか?」

「ええ、犬用のね。奥さんがポケットに入れている、犬用のビスケット目当てに、野良犬がついて来ていただけよ」

「それだけですか?」

「それだけよ」

 と、明日香さんは笑った。

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探偵、桜井明日香『番外編』~犯人、松井明 わたなべ @watanabe1028

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