第4話
俺は、一階に下りてきた。
さて、どうしようかな? とりあえず、近くの部屋から見ていくか。
俺は、玄関から見て、向かって左側の襖が開けたままの部屋に、入ってみることにした。
ここは、どうやら居間のようだな。部屋の真ん中にテーブルがあり、座布団が横に二つ並んでいる。
向かい合うかたちではなく、並んで置いてあるというのは、仲が良いのだろう。もう、これは二人家族で間違いないだろうな。
壁際には、とても大きなテレビがある。俺の以前住んでいた家にあったテレビよりも、かなり大きいな。
今のアパートの、テレビよりは――
比べるだけ、無駄だな。むなしくなる。
これだけ大きなテレビがあるんだ、きっとお金もまだまだあるだろう。
しかし、この部屋には、テレビとテーブル以外は特に何もなさそうだ。
俺は、テレビ台の中を覗き込んでみた。特に、金目の物はなさそうだな。
まあ、こんなところに貴重品はしまわないだろう。
うーん……。まさか、このテレビを持っていくわけにはいかないしなぁ。
あとは――
押し入れか。中に、何か金目の物はあるだろうか?
俺のイメージは、押し入れは布団をしまう場所だが。
俺は、押し入れを開けてみた。
押し入れの中には色々な物が入っていたが、俺が一番興味を引かれたのは、これだ――
この大きな、鉄の塊――
そう、金庫である。
ちなみに、布団は入っていなかった。
金庫とは、貴重品をしまっておく物だ。ということは、この金庫の中には、きっと通帳や印鑑、もしかしたら多額の現金が入っているかもしれない。
いや、もしかしたら、宝石や金塊が入っているかもしれない――
クックックッ――
俺は、嬉しさのあまり、変な笑い声が出てしまった。普段から、こんな笑い方をするわけではない。
さて、開けて見るか。俺は、金庫を開けてみようとした。
しかし――
当然ながら、開くわけがなかった。
そう、この金庫を開けるためには、暗証番号が必要なのである。まあ、この金庫に限らず、どんな金庫でも暗証番号は必要だろうが。
この金庫は、8桁の数字の暗証番号を入力すると開くようだ。
「うーん……。暗証番号か……」
と、俺は呟いた。
8桁の数字か――
うーん……。いったい、何番だろう?
適当に、押してみるか。
俺は、適当に8桁の数字を入力してみた――
しかし、当然ながら開くわけがなかった。
やっぱり、違うか……。まあ、そうだろうな。入力してみたのは、俺の生年月日だからな。ここの住人は、俺の生年月日は知らないようだ。知っていたら知っていたで、逆に怖いが。
どこかに、ここの住人の生年月日が分かる物はないだろうか?
生年月日が、書いてある物――
保険証とか、免許証か。
俺は、金庫の隣に置いてある、小さな箱を開けてみた。
おお! あったぞ!
箱の中には、保険証が入っていた。
一発で見つけるとは、俺はやっぱり空き巣の才能が、ありまくりだな。どうして、もっと早く気付かなかったのだろうか。
これは、旦那の保険証かな?
えーと……。
どこかで、聞いた事があるような名前だな。そうか! 俺と、下の名前が同じだな。
俺は、またまた旦那に親近感がわいてきた。
明という名前の人には、悪い人はいないからな――
俺以外は。
さて、旦那の生年月日を入力してみるか。
俺は、意気揚々と旦那の生年月日を入力してみた。
旦那は、俺よりもちょうど10歳年上の50歳のようだ。50歳か……。旦那が50歳なら、いったい奥さんは何歳なんだ?
俺は、若い奥さんだと思って、○○に興奮した――
い、いや、とりあえず、その事は一度忘れよう。最近は、年の差カップルも多いと聞くからな。芸能人なんかが、何十歳も年下の奥さんをもらったとテレビで見たりするが、うらやましいかぎりだ。
さて、これで金庫は開くかな?
俺は、金庫を開けた――って、開かない!?
くそっ! 普通8桁の数字といったら、生年月日じゃないのか?
ちなみに俺は、元奥さんの生年月日にしていたがな。
そ、そうか! 奥さんの、生年月日だ!
奥さんの、保険証はどこだ?
俺は、箱の中身を全部ぶちまけた。
くそっ! 入ってないじゃないか。
乾電池やら筆記用具やら、切手にハガキに封筒、さらには輪ゴムにクリップに、他にも何だかよく分からない物が入っている。
その中に、残念ながら、奥さんの保険証や免許証は見付からなかった。逆に、よくこの中に、旦那の保険証があったな。
この部屋にないとしたら、別の部屋か?
他にも、台所やトイレ、風呂場などもあるな。まあ、さすがに、トイレや風呂場にはないだろうが。
とりあえず、ここはこのままにしておいて、他の部屋を探してみるか。
押し入れは開けっ放し、箱の中身はぶちまけたまま。いかにも、空き巣が入ったという感じだな。
俺は、なんだかよく分からないが、とても楽しくなってきた。
さて、他の部屋に行ってみるか。
それが聞こえてきたのは、俺が居間を出た瞬間だった――
聞こえるはずがない、音が聞こえてきたのは――
いや、聞こえるはずがないとはいっても、誰かがそれを押せば、壊れていなければ聞こえるのは当たり前だ。
俺が押した時も、鳴ったじゃないか。
そう――
玄関の、チャイムが……。
ど、ど、ど、どうしよう――
俺は、今までにないくらい、めちゃくちゃ焦っていた。まさか、誰かがやって来るなんて思いもしなかったのだ。
なんでだ!
いや、そんなの、俺の勝手な思い込みであって、誰かが訪ねて来る可能性なんて、どこの家でもあるだろう。俺の家以外は。
俺が今住んでいるアパートは、今まで誰も訪ねて来た事がない。
いや、新聞の勧誘が来たっけ? あ、郵便配達の人も来たな。そういえば、元同僚も一度来たのか?
いや、そんな事よりも、どうしよう……。
俺が焦っていると、再び玄関のチャイムが鳴った。ま、まさか、この家の住人が帰ってきたのか?
い、いや、それはないか。この家の住人なら、チャイムなど鳴らさないで、自分でカギを開けて入ってくるだろう。
もしかしたら、チャイムを鳴らしているのはここの旦那で、旦那はカギを持っていなくて、奥さんに開けてくれって鳴らしているのでは?
いや、旦那だってカギは持っているだろう。俺の家だって、俺も持っていたし、元奥さんや娘も持っていた。ちなみに、元奥さんの両親も持っていた。
俺が、たまたま会社の都合で早く帰って、家のカギを開けようとしたら、元奥さんの母親が出てきたときには驚いたものだ。
勝手に入って、何をしていたのかは分からないが、あいさつだけして、そそくさと帰ってしまった。
いったい、元奥さんの母親は、何をしていたのだろうか?
冗談で、盗聴器でも仕掛けに来たんじゃないかと、元奥さんに笑って話したものだが――
ま、まさか、冗談ではなく本当に?
い、いや、まさか――って、そんな事は、今はどうでもいい。どうする?
このまま無視していれば、諦めて帰ってくれるだろうか?
しかし、いったい誰だろう?
よせばいいのに、俺は部屋の中に戻り、好奇心からカーテンの隙間から玄関の方を見てみた。
うーん……。角度的に、ちょっと見えないか……。
気が付けば、もうチャイムの音も聞こえない。諦めて、帰ったようだな。
俺は、ほっと一息ついた。そして、俺は何を思ったのか、無意識のうちにカーテンを開けてしまった。
その時だった――
しまった!
俺は、慌ててカーテンを閉めた。い、今、誰かと目が合った……。
ま、まずい――
まだ、玄関にいたようだ。若い女のようだったが……。
そこへ、ドンドンと部屋の窓を叩く音がした。
次の瞬間――
慌ててカーテンを閉めたため、完全には閉まっていなかったカーテンの隙間から、その女とはっきりと目が合った。
終わった……。完全に、見付かってしまった。
どうしよう――
女は窓を叩きながら、玄関の方を指差して、なにやら言っている。どうやら、玄関のカギを開けてくれと言っているようだ。
俺は、読唇術が使えるわけではないが、それ以外考えられない。
どうする? 俺は、必死に考えた。
このまま、無視しようかとも思ったが、完全に目が合ってしまったから、それは無理か?
どこか、別の部屋の窓から外へ出て、走って逃げるか――
しかし、金庫を目の前にして、このまま逃げるのはもったいない。
その時、ふと俺は思った。あの女の様子からして、俺をこの家の住人だと思っているみたいだ。一度家の中に入れて、この家の住人のふりをして、忙しいからと言って、帰してしまえばいいだろう。
相手は、若い女一人だ。余裕だろう。
そうと決まれば早く中に入れて、さっさと帰してしまおう。
おっと、その前に、ぶちまけた箱の中身を一応片付けておくか。もしかしたら、この部屋を覗かれる可能性もゼロではない。
まあ、玄関で対応して、すぐに帰ってもらうがな。
俺は、急いで箱の中身を適当に箱に戻すと、押し入れに戻した。
その時、また玄関のチャイムが鳴った。分かった分かった、今すぐ開けてやるから、そんなに慌てるなよ。
俺は、カギを開けるために、玄関に向かった――
俺は、この時は思いもしなかった。まさか、このあと、あんなことになるなんて……。
どうして、あの女を中に入れてしまったのか――
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