第3話

 俺は奥さんの寝室を出ると、ひとまず下の様子をうかがった。誰か、帰ってきた様子はないな。

 そして、向かい側の旦那の寝室に入った。

 こちらの部屋にも、ベッドが一つに小さな机と椅子、クローゼットとタンスがある。そして、奥さんの寝室にはなかったテレビと本棚があった。

 一応、この部屋も調べてみるか。何か、あればいいが――


 それぞれの部屋にベッドが一つということは、夫婦別々に寝ているということか。夫婦仲が、悪いのだろうか?

 ちなみに俺は、元奥さんとは同じ寝室で寝ていた。まあ、特別仲がよかったとか、いつまでもラブラブだったというわけではなく、寝室が一つしかなかったからだが……。

 残念ながら俺の稼ぎだけでは、そんなにたくさん部屋があるような、大きな家には住めない。実際に住んでいた家は、元奥さんの両親の援助によるところが、とても大きかった。

 実は俺の元奥さんは、そこそこいいところのお嬢さんだったのである――あくまでも、そこそこだが。

 離婚を決めた後に、一度だけ元奥さんの両親にも会ったが、母親はずっと泣いていた。そして、父親は激怒していた。

 やっぱり、お前みたいな男に、大事な娘をやるんじゃなかったと――

 まあ、確かにそうだろうな。俺が、元奥さんの父親の立場だったら、俺も激怒するだろう。激怒して、殴り倒しているかもしれない。

 実際に、そんな事はされなかったが。

 しかし、今にして思えば、どうしてそんなところのお嬢さんが、俺みたいな男を好きになってくれたのか……。今となっては、もう聞く事もできないが……。

 まあ、今さらこんな事を考えていても、どうしようもないのだが。今は、空き巣に集中しよう。


 俺は、今度はベッドには見向きもせずに、まずはクローゼットを開けてみた。

 こちらも、冬物のコートがあったのでポケットを調べてみたが、ゴミ以外何も入っていなかった。

 ゴミくらい、ちゃんと捨てておけ――と、思いながらも、そのまま元に戻しておいた。やはり探った痕跡は、なるべく残したくないからな。

 他にも、見るからに安物のスーツなどがあったが、特に金目の物は何も見付からなかった。

 もしかしたら、俺が今着ているスーツの方が、高いんじゃないか?

 これは本当に、空き巣に入る家を間違えたかもしれない。俺は、少し後悔しながらも、タンスを開けてみた。

 タンスの中にも、特に金目の物は何も見付からなかった。

 くそっ!

 俺は、こんなオッサンのパンツを探しに来たんじゃない。俺は、イライラしながら、今度は本棚を調べ始めた。

 本棚には、ミステリー小説が数冊と競馬雑誌が数冊並んでいた。


 ふーん。旦那は、競馬をやるのか。俺は、少し親近感がわいてきた。

 俺は、本棚から競馬雑誌を取り出すと、パラパラとめくってみた。来週の、G1か――

 この旦那は、競馬が得意なんだろうか?

 俺は、会社をクビになったあと、知人に誘われて初めて買った馬券が当たった事で、競馬にのめり込んでしまった。

 競馬の事なんて何も知らなかったが、そんな俺でも聞いた事がある有名な騎手の馬を買ったら、的中してしまったのだ。まあ、ただのビギナーズラックというやつだったのだろうが、当時はそんな事は思いもしなかった。

 最初は、少額しか買っていなかったのだが、ある日たまたま大穴を当てて、20万円くらいを手にしたとき、俺は思ってしまった――

 もしかして、競馬って超簡単じゃね? ――と。

 俺には、競馬の才能があるんだ! ――と。

 真面目に働くのなんて、バカらしいと思ってしまった。

 まあ、今にして思えば、これがとても大きな間違いだったのだが。

 最初に20万円を当てたときは、元奥さんも「気晴らしに、旅行にでも行きたいわね」と、喜んでいたが……。まあ、実際には、旅行には行かなかったのだが。

 俺は、それからどんどん大穴狙いをするようになり、一つのレースに賭ける金額もどんどん増えていった。

 こうなってくると、もはや泥沼だ。たまに、数万円当たる事もあったが、ほとんど当たる事はなく、どんどんお金は減っていった。

 もしも、まったく当たらなければ、やめる事もできたかもしれないが、たまに当たるという事が大きなポイントだ。

 もちろん、トータルでみれば大きなマイナスなのだが、次こそは数百万円――もしかしたら、それ以上当たるんじゃないかと思い、やめる事ができなかったのだ。

 そして、生活費にまで手を出すようになってしまった。

 そして、その後は離婚に向かってまっしぐらである。


 ――嫌な事を、思い出してしまったな。

 俺は、競馬雑誌を本棚に戻そうとして、何か違和感を受けた。俺は、雑誌の真ん中辺りのページまでしか、めくらなかったが、後半辺りのところに、何か挟んであるぞ。俺は、その部分をめくってみた。

 そこには、白い封筒が挟まれていた。白い封筒なので、中は見えない。俺は、封筒を開けてみた。

 ――これは!

 げ、現金だっ!

 封筒の中に入っていたのは、数枚の一万円札だった。

 俺は、封筒から一万円札を出して、何枚あるか数えてみた。

「一枚、二枚、三枚――」

 何故か分からないが、手が震える。

「八枚、九枚、十枚――」

 ちょうど、十万円だ。

 ついに、やったぞ!

 俺が空き巣を始めて、最初の成果だ。やっぱり俺には、空き巣としての才能があるみたいだな。

 競馬の才能は、全然ないくせにな……。

 このお金は、旦那のヘソクリだろうか? それとも、競馬資金かな?

 競馬雑誌の間に入っていたから、競馬資金か。まあ、そんな事は、どうでもいい。

 俺は、お金をスーツのポケットに突っ込んだ。

 そして、雑誌を元の場所に戻した。


 最後に、机の引き出しを調べて、いくらかの小銭を発見した。

 十万円を見付けた後だけに、小銭なんてどうでもいいか――と、一瞬思ったが、やっぱり持っていくか。五百円玉も何枚かあるし、数千円はあるだろう。


 さて、この部屋は、こんなところか――

 十万円は手に入れたが、どうするかな。

 これで、もう帰ろうか? いや、まだ一階に何かあるかもしれない。

 俺は、旦那の寝室を出た。


 俺は、もう一度下の様子をうかがった。

 大丈夫そうだな。

 俺は、ゆっくりと階段を下りていった――

 俺は、この時は思いもしなかった。これで、帰っておくべきだったと――

 まさか、この後に、あんな事があるなんて……。

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