第16話 リダウト14

「無理じゃない。やるんだ。出来ないわけじゃないんだから」


『出来ないわけじゃない』。証明するように、ジオンは眼前のガーゴイルを更にもう一回、柄で殴った。先程よりも強い力を加えれば、ガーゴイルは大きくよろめいた。可能性は低いだけで、無いのではない、有り得るのだ。


「…一瞬でも気を緩めれば、最悪の事態は免れない。良いも悪いも考慮せねば、思い通りにならなければ途方に暮れてしまう」


やはりどうしても、リヒトは決断を下せなかった。…責任を負う覚悟を。


「ああもう、うるさい」


リヒトの言葉を、聞く耳を持たずに一蹴する。


「いいから。やるぞ、リヒト」


リヒトは思い出していた。これはいつかの光景…、ジオンがリダウトに訪れる以前は一人で任務に勤しんでいた、ルーザーにジオンの面倒を任されたが、今のような会話をしていない程度に仲が犬猿だった頃。半年経ったその際、一人フォレスタへ任務遂行に赴き、現れた魔物の大群を前に疲弊、負傷を負い、諦め、伏していた己の前に表れ、立ち上がらせてくれた…。ジオンの背中が、その時の感覚を髣髴させる。あの時のように…、不可能にさえ感じる瞬間を可能に変えた、あの時みたいに。


「…」


息を吐く。これ以上、迷う暇などない。リヒトは手を構えた。


「ジオン」

「なに」


辺りの配置をさっと確かめ、ガーゴイルとの距離を見る。


「お前の前にいる二体は任せろ。お前が出口へ走ればガーゴイルはお前の方へ向くだろうから、見計らってオレが爆発を起こす。走った方向にいる奴は任せた」


駆け抜ける算段を図り、意図を語る。昂る炎がゴウッと小さくはぜた。


「オレも、後に続こう」


行動と思考が伴わなければならない。もし違えれば死へ直結する。やるからには、目的以外の考えに流れるのは禁物だ。


「分かった」


ジオンは頷き、


「じゃあ、…行くぞ」


地面を蹴る。



飛び出したジオンに、案の定ガーゴイル達は一斉に振り向く。首が傾き、視野に入らなくなった隙をついて、リヒトは今だと爆発的に魔力を放出させ、火炎を地面に這わせる。


(うまくいくかどうか…試みた覚えはないが…、)


次に、敷き詰められた雑草に着火させた。


(…賭けるしかない)


魔力から生成された炎は、自然から生まれる炎とは性質が違う。炎は、燃焼できる物質全てを焼失させ、接触するあらゆるものに熱を与え影響を及ぼすが、魔力から造られた炎は、対象に与える効果が術者の意思によって大きく左右される。対象を燃するという思惑があれば対象のみを燃やし、それ以外を無視するという、一種の魔導式だ。もはや炎を操る自体が、魔導式に当てはまるのだ。そして今、リヒトのしようとしている事は、高等技術と詠われる魔導式の組み換え…。リヒトは魔力と炎の因果関係を断ち、魔力から生成された炎を『ただの炎』に変えた。大量の炎が酸素を急激に吸い込み、辺りが瞬く間にカッと光に包まれ、周囲の物の輪郭をことごとく消し去った。

術者と関わりを持たない炎が酸素に触れ、燃え上がったのだ。それも途端に吸い込んだせいで、炎は過敏に反応を起こした。リヒトは目を瞑り、体勢を低くして疾駆する。視界は遮られたものの、そのまま一切の躊躇なく、直線上へ。ガーゴイルも動きを見せだす。そして光から抜けた瞬間、背後で荒々しい轟音と熱風が綯い混ぜになった。肌に熱を感じる。効果があったかどうかを確かめる余裕はない。


(…よし、)


どうやら、追ってくる様子はないようだ。

目を開けると、ジオンが目の前にいるガーゴイルを倒しているところであった。ジオンはちらりと後方を見る。


(よし…!)


いける…!二人はそう思った。




ーーーその時だった。




リヒトの足元が膨らみ、ボコリと地面に亀裂が走る。足場が盛り上がり、隙間から植物の根らしきものが覗いた。異変に気付いたリヒトは驚愕し、足を止め後退しようとする。が、間に合わなかった。鋭利に尖った植物の根は地面を突き抜け、リヒトの皮膚を引き裂いた。


「ぐッ!!」


根は一つだけではなく、四つほど出てきていた。幸い、反射的に腕で軌道を逸らして回避をしたので頭部には当たらなかったものの、体を庇った腕や腹部、足も負傷してしまった。


「…ッは」


リヒトは膝を突く。衣服は傷口から出血した血液を吸収し、青い上着が、刻まれた箇所から黒く滲んでいく。後方からの呻きに、ジオンは立ち止まり、振り返った。


「! リヒト!!!」


傷を負っているリヒトに、目を見開く。さっきの間に何が起こったのか、理解が追い付かない。辺りにガーゴイルはいない。ではいったい…、


「…!」


ドッーーー。

突如の衝撃に、ジオンは息を詰まらせる。

何者からか、背中を刃物で刺された。

見下ろせば、腹を貫いた切っ先が衣服を裂いて、刀身を僅かに見せていた。一拍置いて襲ってきた鋭い痛みに、ジオンは喉奥を震わせる。鮮血が吐き出され、足場の草は赤く血塗られた。


「ーーーッ!! な、に…!」


ジオンは肩越しに何者かを見た。

刃物は素早く引き抜かれる。ジオンの体はぐらりと揺れたが、足を踏ん張り転倒を防いだ。溜めた息を吐けば、ずくずくと慢性的に痛烈が走る。だが刃物は再度、ジオンの体に深々と納められた。そして間もなく引き抜かれる。


「…」


ジオンの意識はふっと遠退き、そのまま倒れた。




ーーー最後に視界の端で見たのは、こちらを静かに見下ろす、白いマントの存在だった。

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