第17話 ラフルス
意識が現実へと浮上したジオンが先ず目にしたのは、古ぼけた木造の天井だった。体が横たわっているのをぼんやりと認識した。
(…)
どうやら自分は、ベッドに寝ているようだ。やや天井が近い気がする。ふかふかとした、肌触りのいい感触と、石鹸の臭いが鼻を擽った。
(……あれ…?)
ジオンはしばらく天井をぼうっと見つめていた。…ここは、どこだろう。覚醒しない脳で、思うというより、そう浮かんだ。おもむろに横に首を傾けて辺りを見る。壁際には、大きな四角い机、椅子が四つ。その右には洋服タンス、本棚。机とタンスの間には、花を花瓶に活けた描写がされている掛け軸がある。北側には窓があり、新緑色の木の葉が垂れているのが見え、葉の影を作っている陽気な木漏れ日が部屋を明るく照らしている。
ジオンは、酷い倦怠感に見舞われながらも上体を腕で支えながら起き上がらせた。途端に、腹部から鋭い痛みが襲う。
「ーーーぃ、つッ…」
腹を庇い、前屈みになり呻く。ドクドクと腹部が脈打ったのと相俟って、体を強張らせたせいで背中にかけて引き吊った感覚がした。布団に顔を埋める。…痛い。
(ッ何で、こんなに、痛い…)
それから、痛みが鎮まるまで動けずにいた。思考が錯綜する中、泡沫が水面に上がるように、沸々と記憶が蘇ってくる。
(そうだ…刺されたんだ。後ろから…あの時、)
変わり果てたカウラでの事象ーーー石像に似たドラゴンの形をした魔物からの襲撃を受け、一太刀交えた…。石を鉄で叩いた痺れた感覚は未だに鮮明に掌に、腕に残っている。文字通り刃が立たなかった。追い詰められ、窮地から逃れようと尽力し、その場から抜けられる兆しが見えたのにーーー。
(何者からか攻撃を受けて、)
突如として背後から、刃物を突き立てられた。一度目は何とか耐えられた。しかし引き抜かれた直後に、再度、それは背から腹を貫いた。肉を裂かれた証拠が、この痛みだった。
つきつきと傷は疼き、ジオンはまた顔を歪める。
そういえば…。
ジオンは、そろりと部屋中を見回した。そこに、時を同じくして奮戦した人物がいない事に気付く。彼も、あの時に手傷を負ったはずだ。ジオンには何が起きたのかを瞳に写すことは出来なかったけれど、膝をつき、うずくまる彼の姿を、よくよく覚えている。先に意識が途切れたのは己ではあるが、負傷をしているならば、そう易くは動けないだろう。姿が見えない以上、安否の確認は出来ない。彼は、いったいどこに行ったのだろうか?
考えていると、部屋の扉が静かに開かれた。キィ…、と。留め具が内部で擦れて、密かに小さく鳴く。それと、ひとつ、ほぼ同時にまた別の音が重なった。ジオンは顔を上げる。そこには、レモンイエローの髪をした人物が立っていた。その人物はジオンを見るなり、驚いたように目を少しばかり見開いたが、後にすぐ微笑に変わった。
「お目覚めになりましたか。よかった」
足音は、床の軋みで進んでいるのが分かるくらいに微かで、滑るように低く足を上げて歩くので聞こえない。ゆったりとした足取りで、ジオンがいるベッドに近付いてきた。その人物は、レモンイエローの髪を一度丸く団子状に高く結い上げており、その下からまた縛り、下に垂らしている。瞳は綺麗なフレッシュグリーン。部屋に差し込む陽の明かりを反射して輝いているように見える。まるで宝石だ。
「具合の方は如何ですか?」
優美な笑顔から性別は詮索できない。こちらへ近付けば近付く程、男性にも、女性にも、いや、どちらかといわれれば女性だと認める程度に雅やかであった。
が、しかし、声が高い方とはいえ若干低いところから窺うに、なるほど男性だという結論に至る。
馴染みない顔に、ジオンは誰だろうと考えながら口を開いたが、
「…ぁ」
声がうまく出ないのだ。喉から息を吐こうとするが、熱に浮かされたみたいに掠れてしまう。そういえば、口腔内が乾ききっていた。たった今、そう自覚して、はたとして言葉に詰まる。反応を示さないジオンに男性は、そのまま彼の次の動きを待っていた。ーーーそしてややあって、
「体調が優れないようでしたら、横になっていてくださいね。酷い怪我をしていたのだから、回復には、まだまだ時間を要するでしょうし…」
ああ、そうだ。男性は思い出したように、
「お水を持ってきますね。少し待っていてください」
それだけを残し、一礼して部屋を出ていった。それからすぐにコップと水の入った容器を手に戻ってきた。男性は、容器からコップに半分ほどの水を入れると、それをジオンに手渡した。ジオンは軽く頭を下げると、そっと口をつける。キンキンに冷えているわけではないが、決して温くはない感覚が乾いた喉を通り、心地よく潤してくれた。一気に飲み干さず、3分の1くらいで、ジオンは唇を離し、はぁ、と息を吐く。
「…ありがと、生き返った」
ようやく喋ることができる。ジオンは先に礼を言う。
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