第15話 リダウト13

「…ジオン」


呼吸を潜める、背後の気配。


「…何だ?」


合わせるように、ジオンは静かに返す。


「オレが、血路を開く」


魔物は一歩、二歩と迫ってくる。


「ここから奴らを退ける。その隙にお前は、フォレスタへ全速力で走れ」


にじり寄ってくるガーゴイル達に、狙いを定めるリヒト。今にも放射されそうな魔力の高まりと、一点に集中する熱。


「そして、ラフルスへ抜けろ」

「何言ってんだ。んなことするかよ、退けれるんなら、二人一斉に駆ければいいだろ」


ジオンは、前方のガーゴイルを睨む。ジオン達のいる位置は、カウラの中心に近く、入り口からは離れている。あまり良い案とは思えないが…、


「一辺には無理だ。走りながらの対処は困難が極まるし、何より相手は素早い。追い付かれれば二人ともやられる」

「…かといって、お前が残ることはねぇよ」


リヒトの考えは理解できる。だがそれもまた、ジオンにとっては最善案ではないのだ。どうしても違う打開策を目論んでしまう。例え、それしか方法がなくとも。


「…先程、小さな爆発で魔物は怯んだ。爆発は熱ではなく、振動だ」


ーーー確かに、ジオンが爆風で飛んだ瞬間、ガーゴイルも、僅かに後退した。それは効果があったという事。炎は物質に熱を与え留まるが、ものによっては超高温でない限り物質の性質は変わらない。冷めれば元通りになる。しかし振動は打撃ではないが、激震を与えられれば物質そのものが内部からダメージをくらう。


「…だから何だよ。それがどうしたってんだ」

「この役は、オレにしか出来ない」

「逃げるのは一緒でも出来るだろ。オレも剣じゃなく手とかで突き飛ばすことなら出来るから、」

「奴等の防御面を甘く見るな。最悪、手足が不能になるぞ。奴等は石だと言った筈だ」

「迫ってきた直前にだって、何とかかわしながら走ればいけるかもしれないだろ?」

「限りなく低い可能性だけでは、算段も意味を成さない。蛇足に成り果てるのが関の山だ」

「こんな時でもんな面倒な理論並べてんなよ。とにかくこいつらをどうにかして、」「ーーージオン」


ふ、と。リヒトが短く、吐息を漏らす。それから、


「…行け」


それだけ、半ば放り投げたような、静謐な声が、リヒトの口から短く紡がれた。強い口調だが、命令にしては投げ遣りな、しかし真摯な声色。場は張り詰めたままに、時間は待ってはくれない。魔物が、また一歩、また一歩と、こちらへ近寄ってくる。静寂さと緊迫感が漂う最中、暫くして、


「ーーー分かった」


足を踏み出し、すっとリヒトから離れた。

背後から離れた気配に、リヒトはほうっと息を吐く。精神を棲ませ、今残っている魔力全てを一点に集中させる。それを糧に、内にある炎をより燻らせ、沸々と燃えたぎらせた。今、己のすべきは、後ろにいる相棒をカウラの出口へ無事逃がす事のみ…。それでいい、と、リヒトは結論付けていた。しかし…、


なんとジオンが、駆けた瞬間、剣を翻して、目の前にいるガーゴイルを柄で殴ったのだ。ガッ、という鈍い音に、リヒトはつと振り返る。


「…なっ」


何をしていると、そう出る筈だった言葉は、ジオンが声を紡いだことにより遮られた。


「お前が行かないなら、オレも行かない」


ガーゴイルの体がぐらりと横に揺らぐ。こめかみに罅が入り、砕けた破片がぱらぱらと砂になって地面に散らばった。ダメージがあったかどうかは、変化のない容姿からは具合を窺えないので何ともいえないが、影響があるのは確証できた。


「今更だろ、ここまで一緒に来といて。そりゃ、それはリダウトの方針だったから仕方ないかもしれないし、ルーザーさんからの命令だったからかもしれないけど。…でも、」


目の前にいるガーゴイルが体勢を立て直しつつある。周りにいたガーゴイルは、仲間を攻撃されたことで警戒しながら、ジオン達に一気に詰め寄った。ジオンが剣を構える。


「そこに、少しでも信頼がなかったとはっきり言えるのか?リヒトは、そうだったのか?もしリヒトがそうだったとしても、オレは違う」


リヒトは、ジオンの言葉に耳を傾ける。心の奥底で、例えようのない何かが打ち震えていた。


「…こうして、背中を向けても大丈夫だと思ってるくらい、オレは、お前を信用してるつもりだ」


ガーゴイルは、すぐそこまで近付いている。


「…だが、このまま交戦したところで勝算はない。この状況はどうすることも、」

「だから、どうにかするんだよ」


リヒトは無理だという。魔物は一体一体が並みならぬ力を持つ。それは先程、魔物の襲撃を受けているジオンにも分かっている筈だ。それでもジオンは行くという。一人でではなく、共にではないと駄目なのだと。それこそ可能性は半分に、若しくは十分の一…若しくは以下になるかも知れない。

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