第10話 リダウト8

「…り、理不尽だ。これは良くないですよ、リヒトさん…。暴力じゃ何も解決しません…」

「…まだ文句が?」


不満げに頭を擦るジオンを、ドスの効いた低い声色で黙らせる。そんなやりとりをしつつ、カウラの出入り口に向かおうとした時、


「ありゃ、リダウトの坊主じゃねえか」


不意に、背後から声を掛けられる。見れば、一人の男性が立っていた。角刈りで黒髪の、歳は四十代半ばくらいで、白いタンクトップ。枯れ草色のズボン。膝には、黒い布が当てられている、農作業をするような服装をしていた。体格はがっちりとしていて男らしく、強面だが、人の良さそうな笑みを浮かべている。


「親父さん、久しぶり!元気だった?」

「おう!坊主も…変わりねぇようだなぁ」

「うん、オレはいつでも元気だよ」

「ハハッ、そりゃいいことだ!若者は、活気がなけりゃいけねぇ。お前くらいの年は、まだまだ老けるには早すぎるからなぁ」

「あはは、親父さんも若いじゃん、なに言ってんの。これからだろ、これから」

「お、言うなぁ坊主!お前みたいなのから若いと言われる日はくるたぁなあ」


豪快な笑い声。


「…ん?」


暫く会話を続けていると、ふと、全くこちらに見向きもしないリヒトの姿に気付いた男性が、はたとして、視線をそちらに向けた。口許を吊り上げ、近付く。


「よぉ」


変化した口調。


「久しぶりだなぁ、ガキンチョ。少しは、でかくなったんじゃねえか?」


ジオンと話していた時と同じような、しかし明らかにさっきの態度とは違う。わざとらしく、皮肉を込めたその言葉に乗せて、リヒトに投げる。


「ま、ちいせぇには変わりねぇよな」


笑い飛ばす男性。相変わらずリヒトは、そっぽを向いたままで、こちらを見ない。いつの間にか、周囲には村人が数人集まってきていた。男性は、尚も笑う。


「あいつは、いるのか?」


そう問いかけた瞬間、リヒトはようやくこちらに視線を寄越す。けれど視線だけだ。顔までは向けようとしない。俯き加減で、前髪で目が少し隠れていて、よく窺えない。ややあって、


「…さっさと行くぞ」


ボソリ、呟いた。ジオンの返答も待たず、足早でフォレスタに歩いていく。有無を問わない、といった感じだ。


「返事もできないらしいな」

「ふん、上司があんなだから、仕方がないじゃないか。なにを今更」

「人としての礼儀もなっていないとは…いや、人なんて大層なものではなかったな」


後に、笑い声。なにが可笑しいのか、なにが面白いのか。近くで聞いていたジオンだが、結び付く根拠は想像できない。控えはしない陰口を叩く村人に、わざわざ反応はしない。そんなリヒトに、ジオンは事態が飲み込めないまま、従うしかなかった。


「じゃあ、親父さん、また」


男性に一言だけ告げる。離れていく間際でも耳に入る村人の声。その意味は分からない。が、男性が、あいつ、と発言した時、村人を静かに一瞬、スカイブルーの瞳に写していた。嫌悪、軽蔑…。それらの感情を滲ませていた。ようだった。気のせいかもしれないが、先でロトに示していたものと全くもって酷似していた。よく分からないが、彼の後を付いていくしかなかった。




*****




首領の間。

机案を挟んで、ジオンとリヒトはルーザーと向かい合う。今回の目的…、カウラで行った情報収集の報告を終えて、一息。


「そうか…、では、特に変化はなかったと…」

「はい、残念ながら」


ですが、とリヒトが続ける。


「気になる噂はありました」

「噂?」

「はい」


それは、この大地、アズカルドに古来から伝わる言い伝えから派生されたものだった。その遥か昔、天界という異空間で天空神という天界を統べる神の力を我がものにせんとしたひとりの神が、他の神々を引き連れ戦争を起こした。大まかに纏めるなら、そういう内容である。そして争いにより天界は崩れ、その欠片が下界に降り注いだ。神々の亡骸と共に。亡骸といえば連想してしまうのは“死”という生命の終わりを表すものだろう。それが奇しくも、そう伝承されているにも関わらず、出てきたのは“死”ではなく長い“眠り”である。信者は、神は“死”というものを持ち合わせていない。ただ“眠っている”だけなのだと宣う。神々が眠る、とアズカルドの地が詠われているのも、その由縁だ。そして憶測もままならない膨大な力を備えていた存在であったので、この大地に留まり切れない力の余分が、今になってこの世界に干渉してきているのではないだろうか。また、魔物が出現した原因も、そこにあるのではないだろうか。

信じているわけではない。リヒトは、淡々と、話を端まで伝え、ルーザーに意見を促す。報告は報告だ。


「―――なるほど、そんな噂が…」

「はい。…ルーザーさんはどう思われますか?」

「確証はないが…。興味深い話ではあるな」

「…そうですね」


ふむ。

ルーザーは顎に指を置いて考える。噂は、あくまで噂だ。だがその中にも真実はあるかもしれない。


「そうだな…、またカウラに向かってもらうのもよしかもしれないが…」


ルーザーは視線を上げて、二人を見る。

即座に反応したのは、ジオンだった。


「え、マジですか」


瞬間、横腹に衝撃を受けた。痛みに絶句し、その場で身悶えるジオン。原因は隣に立っている人物だ。引き金を引いたのは紛うことなくジオン本人であるが。人体の急所ともいえる部位を、平手を水平にした状態で勢いよく叩かれた。暗に『話は最後まで聞け』という事だったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る