第11話 リダウト9
それにしても容赦のない叱咤である。
「…いつものことなので、気にしないでください」
涼しい顔で平然と言って退けるリヒトに、その様子を見ていたルーザーは、
「…そうか」
相槌を打つのみだった。特に疑念を抱く訳でもなく、完璧に流そうといている。…ように見えた。どうでもいいとか、差し支えのない些細なやりとりだとは思ってはいない。そう、思ってはいないのだ。そこまで大それた問題にする程でもないだろう、と。
「…して、」
ややあって、仕切り直しだと、ルーザーは再び二人を交互に見る。
「明日は、ラフルスに向かってもらおうと思う」
「ラフルス、ですか」
リヒトは目を伏せ、考える素振りをする。
「…確かに、カウラ住民の見聞のみでは、判断は難しいですね」
「ああ、範囲が狭い。欲しい情報は掴めないだろう」
リヒトが同意の発言をすると、ルーザーは机案に広げられていた書類の一枚を手に取る。すっ…、微かな紙が擦れる音。文字の羅列を辿るために、パープルの瞳を左右に流した。
「それに、カウラとラフルスは隣町同士だ。似通った空気がある。もしそれが漂うならばラフルスしかない。或いは、掠める程度すらない。これも、なきにもあらずだがな」
そう述べた。
リヒトは、ルーザーの言葉が切れたのを確認すると、ほんの少しの間を置いて、それから口を開く。
「…分かりました。明日、ラフルスに向かい、情報を得てきます」
長くもなく、短くもない間隔で決した承知の意思を表した。ルーザーは、書類から目を放す。
「ああ、頼んだ」
次にジオンを見た。
「ジオン、ラフルスに行くのは初めてだったな」
「え。あ、はい」
「ラフルスは、ここから道なりに北へ進めば直に着く。道は、リヒトが教える」
―――ラフルスという町は、ルーザーも先程言っていたが、隣町ということもあってカウラとよく似ている。調査するのもその町を見回る方がより視野が広がり、情報を得るのは容易い。何せ一番カウラに近い町だ。変化があろうがなかろうが、それはそれで立派な結果に成る。
「はい」
ジオンが頷き、ルーザーも「よし」と認めた。
「二人とも、魔物の出没は少ないようだが、いつどう変化するかまでは分からない。くれぐれも油断するなよ」
「はい」
「…以上。では、自室でしっかりと休んでくれ。散」
解散の合図に、リヒトは一歩引いて、旋毛が見えるか見えないかくらいに屈み、折り目正しく一礼した。そして踵を返し、首領の間を後にする。ジオンも見計らい、軽く礼をすると、リヒトの背中へ続いていった。…遠ざかる足音に耳を傾け、気配が次第に薄れていくのを窺知したルーザーは、どこにでもなく、そっと紡いだ。
「…俺だ。こちらの現状についてだがーーー」
*****
階段を下り、自室へ戻ったジオン達は手早く明日の段取りをする。少し遠い町のようなので、持ち物や装飾品等をすぐに取りに戻ることは出来ないからだ。常に前日から準備を整えておくのは基本だが、ジオンは明日早く起きてやればいいんじゃないかと思った。疲れてるんだから今日はもう寝たいと。しかしリヒトはそれを流すように叱咤すると、微妙な長さの説教をしながら、自分の持ち物を整理していった。それを聞いて、うんざりしつつも、ジオンも渋々と道具や装備を確認していった。これを毎日はなぁ、と、煩わしささえ感じているのだった。当たり前の事前に行うべきものを省こうとするジオンに、いつものことだと、リヒトは気にも止めずまたも流しながら、されど律儀に返答をする。そうしていると、もう準備は終わっていた。あまり時間は掛からない作業である。忘れ物はないか、見落としはないか、色々な事柄を想定して準備をしていたか、それらも再三確かめて、そこでやっと就寝が出来る。明日は早い。道程を考慮して行動せねばならない。ジオンとリヒトは互いのベッドに腰を下ろし、本日あったことを話する。アズカルドの言い伝え、魔物のこと、村人のこと。聞いた話、世間話…。
「そういえばさ、あの、あれ」
「何だ」
「アズカルドに伝わる話」
「言い伝えか」
「そうそれ」
先程、首領の間での報告内容にあった件だ。
「いい加減覚えろ。話じゃない、言い伝えだ」
ジオンが放った言葉の部分的な箇所に焦点を当て、すかさずリヒトが訂正する為に言った。呆れた口調のようだが、蛇足だとはこれっぽっちも思っていない。
「えー?別にいいだろ?伝わるんだから」
細かいこと言うなよ。ジオンは自分の意見が否定されたことに対して、口を尖らせ文句を付ける。ぶーぶーとブーイングをしている様子は、まるで子供のようだった。いや、17歳という微妙な年頃だが、年齢的にはその『子供のような』というのは、事実子供であるので間違いではなかった。
「そういう問題ではない」
それにしても幼稚ではあるーーー動作には触れず、会話に含まれた単語についてをぴしゃり、と叩いて落とすリヒト。
「少しの違いで解釈は変わる。それに今回だけではない。自分が理解していても、相手にとってはそうではないかもしれない。もしかすると、自分とはズレた答えを出すかもしれないだろう?」
「でも、お前は分かっただろ?」
「オレはな」
アズカルドに伝わる話といえば、生憎アズカルドの地に受け継がれてきた言い伝えだという結論にしか至らない可能性は必ずといっていい程ある。そもそも例え話にもならなかった。
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