第4話 リダウト2
入り口は巨大な鉄の門で閉ざされていて簡単には入れそうにない。手前には石段がある。そして、門の両脇には、赤と青の門番がいた。その二人は、ジオン達が近付くと中央に集まり、持っていた槍を交差させる。
「お帰りなさい。ジオンさん、リヒトさん。任務ご苦労様です」
左の青い衣服を身に纏う、笑いかけてくるネイビーの髪をした少年、エンテ=イデアール。魔導士である。歳はジオンより二つ下。背は低めで、顔付きは、まだ幼さが残っている。密かに魔法剣士であるリヒトに憧れ、将来リヒトみたいになりたいと思っているとか。
「ああ、お前もお疲れさん。門番も大変だな」
「いえいえ、これも仕事ですから。苦にはなりませんよ」
「真面目だな、エンテは。偉いぞ」
「いえ、そんなことないですよ」
エンテは、リヒトに誉められ嬉しそうに目を細める。リヒトが、エンテと自分への風当たりが若干違うのが不服なんだが、とかジオンは僅かに考えていた。そして右にいる、ラセットの髪をした青年。
「アレドもお疲れ、だな」
名前を呼ぶと、二人に注がれていた視線がこちらに向く。吊り目がちなので怒っているように見えるが、これは元々の顔立ちなので、そういう訳ではない。
「ああ、疲れた。立ちっぱなしは嫌だよなぁ…。全く」
はあぁ。わざとらしく大きなため息を吐いて肩を回す青年、アレド=コルセスカ。透き通る硝子を連想させる長身の槍を武器にするリダウトの門番だ。接近戦を最も得意としている。
「はは、同感。オレだったら退屈すぎて寝てしまいそうだ」
「そうだな、お前ならやりかねないな、立ったまま寝るとかするだろ」
「あーするする。絶対する」
「そこはお前、『頑張って耐えてみる』だろ。仕事しろ」
「いや、無理だから。オレは、体動かす方がいいの」
ジオンは苦笑して返した。
「あー、もう。寝ててもいいから変わってくれよ、ジオン」
「いや、さっきダメっつったの誰よ」
「オレだよ」
あっけらかんとアレドは言う。
「オレが言ったことなんだから、訂正しようがどうしようがオレの勝手だろ?」
「そういう問題じゃないだろ。ま、引き続き門番頑張ってくださーい」
「ちぇ」
ジオンはそれを受け流して手をひらひらさせる。門番なんぞ誰がやるか。と。門番というのは結構重役で、入り口を守るのはある程度の腕っぷしがないと務まらない。例えどんな敵でも侵入を防がなきゃならない。謂わば、絶対的な防壁。
「アレド様ー、頼みますぞー」
「さむっ!止めろ気味悪い!」
「うわ、酷い」
自分の体を抱えて顔をしかめるというオーバーアクション付きで返されて、ジオンは思わず少し笑ってしまった。ややあって、アレドもつられて笑う。
「さて、」
下ろしていた槍を振り上げ、再び交差をさせると、アレドは二人を交互に見る。
「んじゃま、ちょいと審査するから、待っててくれ」
そう言って、次にエンテが小さく呟き始める。
耳を澄ませれば聞き取れるかもしれないが、何を喋っているかまでは理解できないだろう。この世の言語ではないような言葉を並べている。これは、門を潜る為には重要な要素であり、必ず行わなければならない事項で、怪しいものではないか、本当にその人物であるかを認証するものだ。個人が持つ特有の魔力の波を調べ、判断する。例えば、鼓動が早くなれば波は津波のように大きくなり、また、波だけではなく、魔力から発せられる気から、その人物がどんな人間かを区別できる。嘘をつけば見抜けるし、その分早く対処できるという、非常に便利な魔導であるが…。
「面倒だよなぁ…」
ボソリ。ジオンは愚痴を漏らす。彼はこの、ほんの僅かであるが、手持ち無沙汰で寡黙な空間が苦手だった。はっきりいうと、暇、ということ。その横でリヒトはただ、じっと終わりを待つ。以前はリヒトもジオンの発言に叱咤していたが、もう何度目かになるそれを諦めた様子で、眉ひとつ動かさない。
しばらくして、
「…はい、ジオンさんとリヒトさんですね。どうぞ入ってください」
どうやら、審査が終了したようで、詠唱を止め、槍を降ろす。それを認めたアレドも、上げていた槍を降ろして、始めにいた所定位置に戻っていった。テリエも同時に戻っていく。一拍置いて、コンッ、と槍柄の尻で石段を叩いた。すると、固く閉ざされていた鉄の門が地鳴りを響かせながら左右に動いて、やがて止まる。
「やあっとかよ」
「ジオン様とリヒト様の、おなーりー。てか」
「なんだそりゃ」
「おい、さっさと行くぞ」
建物に入る手前でジオンとアレドが会話をしていたところを、リヒトは切って中断させる。ジオンは不服な表情を浮かべ、唇を尖らせた。気にとめる素振りもなく歩いていくリヒトの背中を、ジオンはアレドに軽く会釈した後に追いかけた。その背後で、アレドとエンテが苦笑いをしながら、門が完全に閉まるまで、二人を見送っていた。
中は、ひんやりとしていて、仄暗い。石の壁に覆われた、箱のような狭い部屋。外とは一変した雰囲気はとても不気味で、陽の光は一切遮断されている。代わりに、壁には松明が掛けられていた。そのお陰で、まったく見えないという事はない。その中心には、地下へと続く階段があった。階段を規則的な歩調で降りていく。
二人分の足音が静寂な空間に反響する。狭い事もあり、音はよく響く。といっても、壁の幅は、人一人や二人が通るには十分の間隔があった。
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