第3話 リダウト

ズシンッ。鉛の塊を落としたような轟きと、次いで同調するかのように地面が瞬間的に振動する。

その後に続く駆ける足音。二人の少年は、魔物を挟んで左右に別れて戦っていた。魔物はサラマンダー類―――蜥蜴に似た外見をしており、体の色は薄緑。頭は鎧のような分厚い皮膚で覆われている。魔物の体長程ある長い尻尾が特徴で、それが一番の武器だ。まるで鞭のようにうねり、大きく振りかざしてくる。チョコレート色の髪をした少年―――ジオンは両手に持っている双剣の片方の切っ先を傾け魔物を脅かし、もう一人の少年の元へと誘導する。思惑通りに動いてくれた、と、思っただろう。その魔物の影に隠れてしまっているが、反対側の少年はしっかりと応戦しているらしい、その魔物はキュルルル、という小さな鳴き声を発しながら後退すると、振り向いて、ジオンの方へ走ってきた。


「ジオン、任せた!」


ブライトイエローの髪をした少年が叫ぶ。ジオンは剣の柄を握り締め、突進してきた魔物を身を翻して避け、分厚い皮膚の上に乗っかる。


「…はっ!」


振り上げた刃は陽光により煌めき、閃光を引く。そして硬い皮膚に勢いよく突き立てた。

手応えは十分。刃は見事に怪物の頭を貫通して、魔物の体は一度大きく痙攣すると、ぐらりと体制を崩した。ジオンはその体から軽々と飛び降りる。

ズウゥッ───ンンン…。

大きな音と共に倒れた魔物は、ピクリとも動かなくなった。暫くの間それを凝視して、それからやっと、ジオンは詰めていた息を吐く。どうやら終わったようだ。腰付けに二つの剣を鞘に納める。留め具がパチン、と音を鳴らした。ジオンは『うーん』という気の抜けた声と共に伸びをする。


「お疲れ」


歩いてきたブライトイエローの髪の少年が口を開く。先程、反対側で応戦していたのは、どうやらこの少年だったようだ。その少年は戦闘を終えた後だというのに、着衣乱れず息切れせず、どうともないという様子だ。対するジオンはというと───陽動やら近距離での戦闘で、服が皺になったり、髪が乱れたりしている。せっかく朝整えてきたのに。とジオンは心の中で呟いた。


「まずまずの成果だな」


少年の名はリヒト。魔導師のような服装こそしているが、その実、遠距離戦を得意とする魔法剣士で、もちろん接近戦も可能だが、どちらかといえば魔法中心で遠距離から攻撃する方が馴染むらしい。


「いやぁ、一事はどうなることかと思ったよ」


笑いながらジオンが言えば、リヒトは呆れたようにじとり、とジオンを見、ため息を吐く。


「笑って済むか。あと少し反応が遅かったら、確実に潰されていた」

「えー?いいじゃん、避けれたんだし」

「よくない。それが命取りになることもあるんだ」


というのも、さっきの魔物との戦闘の最中。一向に動きを見せない魔物に何もしてこないと思い、ジオンは高を括っていた。が、意表を突くかのように、魔物は己の武器としている長い尻尾でジオンを攻撃をしてきた。ギリギリ掠っただけで怪我がなかったのは、実力なのか、それとも運が良かっただけなのか…。


「それに、」


リヒトは続ける。


「敵を仕留めることに躊躇するな。やられる前にやれなきゃどうする」


指を指されて指摘をされる。…いや、確かにそうなんだけど、魔物にだって悪気があった訳じゃないし…。そこはお前、考えてくれたっていいじゃないか。ジオンは思う。


「だって、可哀想だろ?」

「その程度で迷うな」

「その程度、って」

「戦いでは同情が足枷になる。人でも、魔物でもだ」


分かったか、と目で訴えられて、反論ができなくなる。府に落ちないなぁ、とジオンは頭を掻いた。


「…分かりましたよー、リヒトせんせー」

「…腹立つなお前」


そうしてジオン達は、帰路に着くことにした。



枝木が傘になって、日向になっている。

木漏れ日が降り注いで、辺りが揚々と煌めく。木の根を縫うようにして流れている川は透き通り、葉の色を写して淡い緑色に輝いている。水際には苔が生えている。水は、ひんやり冷たそうだ。生き物の鳴き声も、物音もしない、とても静かで、とても穏やかな森。その中をひたすら歩いて、ゆっくりと景色を眺める。何度見たって飽きない。ずっと眺めていても、ここを離れたくないと感じるだろう。そんな事は職業柄難しいのかもしれないけれど、もし暇があればまた訪れたいと思う。ジオンの前を行くリヒトは、前しか見ていない様子だったけれど。そうして開かれた道を進んでいけば、ぱっ、と見晴らしのいい場所に出る。その中心には、小城がポツンと佇んでいた。

サク、サク。

草を踏み鳴らしながらリヒトに続いて歩けば、段々と大きくなっていく建物。古びた壁は、鼠色の煉瓦が幾つも並べられて、重なって作られている。辺りを一瞥できる天守搭が二つあって、向かって右側は、半分崩れてなくなっていた。ここは、リダウトという建物で、意味は砦。

通称ダブルヘッド。

各地域によって、リダウトの名前は異なる。

国家認定のギルドのようなもので、さっきの討伐依頼もフォレスタ近辺にある小さな村の住民から受注したものである。ジオンとリヒトが寝泊まりしている場所であり、働いている場所でもあった。元からこの城はここにあったらしく、使われている形跡もなかったので、改装して今のリダウトになったとのこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る