第5話 リダウト3

「…なあ、」


ひとつめの階段を降りきったくらいに、ジオンが口を開く。相変わらず歩を進める速さを緩めないリヒトに構わず、続ける。


「何で、あんなめんどくさい“審査”なんてものをするんだろうな。あんなのなくても、アレドとエンテだったら、すぐに見極められるだろ?」


赤と青の門番、即ち、アレドとエンテ。彼らはこのリダウトに務めて長いと聞いた。ならば、物知りであることも確かであるし、実力もそれなりの筈だ。失態を犯す、ということはないように思える。何故、と。ジオンは問う。ふたつめの階段の途中、ふとリヒトが足を止め、振り返る。


「お前は、業務に長く携われば、失敗など有り得ないというのか?」

「だって、そうなんじゃないのか?」

「あいつらとて人間だ。失敗のない人間なんていない。もし、その様なものがいたなら、そいつは、きっと人間ではないのだろうな」


どこか皮肉さを込めた口振りで、鼻で笑うように言って退ける。


「失敗しない可能性の方が限りなくゼロに近いと、オレは思うがな」


まあ、あいつらが失敗している、していないとは言えないが。それだけを伝えると、リヒトはまた歩き出した。


「…結局、なんだよ、“審査”の理由」


話が反れたといわんばかりに、不可解に眉を潜めたジオン。ふたつめの階段を降りきった。みっつめの階段まで移動する。


「…まあ、早くいえば、お前のせいだな」


つっけんどんに言葉を放てば、しばらくの間が生まれた。再び足音しかしなくなり、静けさが蘇る。僅かな風に松明の炎が揺らめいて、やがて静止した。心当たりのないといった風に疑問符を浮かべながら、足を動かし始める。


「…なんかしたっけ、オレ」


内心冷や汗を垂らしつつも、目の前にあるブライトイエローに問いかける。こういった質問を彼にしたならば、欠伸も出ない程の拷問のような説教を食らうかもしれないと思ったからだ。そう考える前に、なにも言わない方がいいという思考に結びつかなかったのも問題なのだが。案の定、リヒトは足を止め、ジオンに振り返る。


「記憶喪失もここまでなると、病院に連れて行くしかないな…」


諦め半分にため息を吐くという動作をし、やれやれと首を横に振った。さすがにジオンもこれには反論しようかと思ったが、どうせ倍返しにされるだけだと堪える。握り締めた拳はぷるぷると震えていたものの、我慢ができた彼の忍耐力は素晴らしかった。


「…行くぞ」


踵を返し、突き当たりを曲がるリヒトに、これから始まるであろう事柄を予想していたジオンは、きょとんとしてその場に佇む。遠ざかっていく足音に、ややあって、


「…って、結局教えてくれないのかよ!」


というツッコミを入れ、後を追った。




通路は、変わらず陽光は届かず、仄かに暗い。

それを照らすために、壁には松明が掛けられている。天井が先程よりも高く、階段よりも壁の間隔は広い。明かりの続く道を歩いていくと、また少し通路が広くなった。そこには、二人の少女が壁際で愉快そうに話をしていた。近づけば、こちらに気付いて顔を向ける。


「あっ」


小柄な少女が声を上げ、二人に小走りに歩み寄ってきた。


「おかえり、ジオン、リヒト!」


満面の笑みでそう言う彼女。名はオネット=セレナーデ。頭の真ん中辺りでブラウンの髪を両側で括っており、垢抜けている印象だ。疲労している姿を見た事がないが、彼女のその元気さは、一体どこから沸いているのだろうか。


「おかえりなさい」


後ろからゆっくりと歩いてくる少女はメール・フィラント。少女、というよりも女性という表現が似合う落ち着いた雰囲気を出している。腰の長さまであるセピアの髪を三つ編みで結い、肩に掛けている。柔らかく微笑みながら、オネットと共に、帰還してきたジオンとリヒトを迎える。


「ああ、帰った」

「ただいま。疲れたー」


其々返事をする彼ら。


「お疲れ。無事でなにより!…って言いたいところだけど、」


オネットはちらりとリヒトに視線を寄越して、ジオンを見る。


「実際、疲れたのはリヒトでしょ?アンタのお守りして、魔物の討伐もするだなんて。大変よねー」


お疲れ様。と、片方だけに放たれた労わりの言葉。


「本当だ。やれやれ…」


溜め息を吐いて同調の意を示すリヒト。さも一人だけで頑張ったという態度を取り、気持ち踏ん反り返っている。


「なんだよ、オレもやっただろ、討伐!止めさしたのオレじゃんか!」


二人の会話に食って掛かる。全く持って間違っていない反論なのだが、二人は聞く耳持たずといった様子だ。段々と賑やかになっていく口喧嘩(というよりもジオンが弄られているだけ)に、メールが横から割って入る。


「はいはいそこまで。三人とも、仲良くするのはいいけど、ここは通路ってことを忘れちゃダメよ。セレナも。帰ってきて嬉しいのは分かるけど、程々にね?」


人差し指を口元に当てて、凛とした声で密かに叱咤する。メールの意図を察したオネットの表情が若干引き吊ったのは、気のせいではないだろう。きゅっと固く口を閉ざした。

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