第6話

 ついに運命の日が来た。10月28日。

「どうしたんだ? 今日は君の誕生日だろう。本人が嬉しくないのはおかしいじゃないか?」

 上条がそう言う。それもそのはずだ。今日の柳地は一日中真っ青だった。

「もしかして、別れたの? あの山岸って人と」

 七瀬がそう言う。きっと自分をブルーな気持ちにする原因がそれぐらいしか思いつかないのだろう。でも違う。

「何でもない。本当に何でもないから。俺のことを心配しなくていいから…」

 全く説得力のない言葉。でもそれで納得してもらうしかない。


 今日自分が死ぬかもしれないなんて口が裂けても言えない。


 下校中、道路を横断する時いつも以上に警戒する。事故死するかもしれない。でも大丈夫だった。渡ることができた。

 去年祝えなかったからと山岸が家に来たがったが、兄や母が来て外食すると言って断った。

 兄や母にも断った。今日は山岸と2人で祝うと言って家に来させなかった。

 自分の家に帰る。玄関のドアを閉めると同時に鍵とチェーンをかける。もう今日は家から出ない。それに誰にも入って来させない。

 夕飯を食べ終え、課題を終わらせ、風呂に入るとやることがないので10時とまだ早いが寝ることにした。ベッドに潜った時、今日1日を無事に終えることができたことを神様に感謝した。


 ドン。音がした。上の階からだ。

 ドンドン。また音がする。

「うるさくて眠れやしない。近所迷惑だ」

 自分のマンションは1人暮らしの人専用だ。マナーが守れない奴がこのマンションにもいるのか、と思った。

 ドドドン。音が激しくなる。

 一旦音が止む。これでぐっすり寝られるな。そう思った矢先、さらに音がする。

 ズデン! 今までで1番大きな音だ。

「何だ上でプロレスでもやってるのか?」

 変な考えだ。

 ドドド、ズデドン! 音はさらに大きくなる。

「うるさい!」

 柳地はそう叫んだ。でも聞こえるはずがない。

 音はずっと響いている。もうこれは嫌がらせとしか考えられない。明日文句を言いに行こう。


 次の朝。起きてすぐ上の階に行き、インターホンを鳴らす。でも誰も出ない。

 今度はノックをする。思いっきりドアを叩く。ドン、ドン。これでも反応しない。

 腕時計を見た。もう8時45分だ。今から大学に行かなければ1限の講義に間に合わない。

「仕方ない。今は行くか」

 大学へ向かう途中、考え事をしていた。

 ムラサキカガミの呪い、嘘だったな。現に俺は昨日二十歳を迎えたし、こうして生きている。バカバカしい心配をして損をした。素直に山岸に祝ってもらえばよかった。


 講義室にはもうみんな来ていた。

「いつも1番乗りの君が今日は随分と遅かったじゃないか。寝坊?」

「違うよ上条。昨日、上の階の人がうるさくてね。文句を言いに行ったんだ。ギリギリまで粘ったけど誰も謝りに来ないんだ」

「そういうのはしない方がいいよ。管理会社に電話してみ? そっちの方が安全に解決できるよ?」

「そうなのか? ありがとう。なら電話してみよう」

 今日の講義が全て終わると管理会社に電話をした。

「グレートプレイス202の三ツ村です。上の階の人がうるさいんですが…」

 管理会社の人は不思議そうに聞き返した。

「グレートプレイスですよね? 202の上が、ですか?」

「はいそうです。文句言ってくれませんか?」

「言えませんよ。だって」

 次の言葉に柳地は驚愕した。

「302は、今空室なんです」

 そんな馬鹿なことがあるはずがない。何度も管理会社に言った。だが他の人からうるさいと苦情が来ていないことを言われた。そして実際にマンションに来てもらい、302のドアを開けてもらって中を確認すると確かに空室だったのだ…。

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