第5話
ガタン。
「いてて…」
気が付くと部屋にいた。椅子の横に転げ落ちていた。
立ち上がる。机の上にあるのは解いている途中だった問題がある。
「まさか…寝てしまったのか? 俺が?」
ならあれは夢か…。
でも不気味で、妙にリアルで、そして不吉だった。
携帯が鳴った。山岸からのメールだ。それをすぐ開く。
「大丈夫なの? 今から家に向かう? 返事ちょうだい。一体どうしたの?」
メールの内容が理解できない。大丈夫って? それにメールは何通も来ている。
机の上のデジタル時計を見た。
「え…」
俺が勉強していたのは金曜日のはずだ。寝てしまったのなら土曜の朝になっているはずだ。
だが時計は今日が月曜日の午前5時13分であると表示していた。
「2日間、寝ていたのか?」
そんなことはあるはずがない。前に飲み会で酔っぱらってしまった時でさえ、次の日にはちゃんと起きれたのだから。
急いで山岸にメールの返事をする。
「大丈夫。携帯が使えなかっただけ。心配はいらないよ。今日もちゃんと登校できる。山岸さんこそ登校中、事故に遭わないように気を付けて」
メールを送信した後、椅子に座った。今から2度寝する気にはなれなかったので過去問の続きを登校時間になるまでやろう。
シャーペンを持って問題を解こうとすると、ルーズリーフに目が行った。そこには問題の解答を書いてあったのだが途中からある漢字1つをゴチャゴチャ黒く塗りつぶしたような形跡があった。そしてその下に書かれていた。
「ムラサキカガミ…」
間違いなく自分の文字だ。でもどうしてこんなことを? 全く記憶がない。夢と何か関係があるのだろうか…
「…」
不気味だ。栞が死んだということなんて考えたくない。柳地はそのルーズリーフを丸めてゴミ箱に捨てた。
期末試験が終わると決まって実家に戻る。今回も山岸を連れていけなくて文句を言われた。でも仕方ない。夏休みは兄も戻ってくる。狭い実家では5人目が寝るスペースがないのだ。
新幹線の中で考え事をする。今回の試験は大丈夫だった。あのできなら単位は優で取れる。解けない問題はほとんどなかったし課題もちゃんと出している。マイナス要素はない。でも気持ちが晴れない。
「栞…」
あの夢が頭の中から離れない。あの出来事は実際に起こったわけでもないし、自分の眼で見た事実でもない。でもある考えが心の中で芽生える。
栞はもう、本当に死んでいるのではないだろうか?
確かめる術はない。いや、1つだけある。携帯をポケットから取り出し達也にメールする。
8月28日。今日は達也と遊ぶ約束をしている。自分が実家に帰るのはほとんど達也と遊ぶことが目的だ。
「就職、決まったんだってね。おめでとう」
「ああ。春から医療器具メーカーで働くんだ。東京に住むことになるから柳地とあっちで簡単に会えるな。でもその前に高専を卒業しねえと」
「達也なら大丈夫さ。それと」
カバンからプレゼントの包みを取り出す。
「俺からの就職祝いだ。センス無いなりに選んだんだぜ?」
「おお!」
達也はその場で包みを開ける。中身は縞模様のネクタイだ。
「おお、サンキュー!」
「似合うかな? それが心配なんだけど…」
「似合うさ。だって柳地が選んだんだから」
そう言ってもらえると嬉しい。
「じゃあさっそく始めようぜ。さっき買ったばかりのカードを試したい」
「いいよ。俺のシャドールに勝てるかな?」
そんな会話を交わしてさっそくゲームを始める。でもやっぱり達也の方が強くて全く勝てない。結局今日も負け越した。
中古カードショップからの帰り道で達也にぐちを言う。
「何でダーク・ロウなんか出しやがったんだよ!」
「シャドールが強いからさ。その抑止力だよ」
「…。ところであの店、カードの値段が随分安かったな」
「ああ。あそこは今月で閉店するんだ。だから今セール中だったんだ」
「えっなくなるのあの店?」
小学生の頃から行っていた。その行きつけの店がなくなるのは残念だ。
「結構便利なところにあったんだけどなあ。どうしてだろうな?」
山尾花公園のそばを通る。その時柳地は達也に切り出した。
「なあ達也。城島栞って覚えてる? 確かおまえ中3の時同じクラスだったろ?」
少し間を置いて、
「ああ。覚えてるさ。栞がどうかした?」
ここから先が言いにくい。達也なら馬鹿にせず信じてくれると確信してはいるが…。
「先月勉強してる時に夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。それが気味が悪くて。栞がもう死んでいるって内容だったんだ…。しかもその夢を見た時、俺は丸2日寝てたんだ。そして机の上の紙には、1度栞って書いてからそれを黒く塗りつぶしていた跡があった。でも俺はそんなことをした記憶がないんだ…」
達也は黙り込む。自分の話が信じられないのだろう。当たり前だ。客観的に見ても嘘くさい作り話にしか聞こえない。
「なあ達也。おまえ確か栞と同じマンションに住んでんだよな? だったら何か、聞いてないか?」
「うーむ。俺の家族と栞の家族は同じマンションでも特に交流はないからな…。栞の現状なんて聞かないな」
達也でも、駄目だったか――
「だが、死んでるってことはさすがにないとは思うぜ? 交流がなくてもそういう話なら耳に入ってくるはずだから」
死んでいない、か。達也が言うのならそうだ。そうなんだ。そう自分に言い聞かせる。
「でも」
「でも?」
「俺はお前は凜子って言ったっけ? あの子を選ぶべきではなかったと思う。お前が選ぶべきだったのは栞だ」
「栞を選ぶべきだったって?」
「ああそうだ」
柳地は達也に問いかける。
「どういう意味だよ?」
「それは、自分で考えろよ。とにかく俺が言えるのはそれだけだ」
もう達也の住んでるマンションだ。
「じゃあまた今度。成人式には来るのか?」
「行くよ。でもその前に冬休みに帰ってくるよ」
「なら冬休みに遊ぼうぜ。じゃあまた今度」
「ああ。じゃあね。卒業できるように頑張れよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
達也と別れる。そして1人で歩き出す。
「栞を選ぶべきだった…」
柳地は自分に問いかける。俺が間違った選択をしたというのだろうか? その理由が全然思い当たらない。最善の選択をしたはずだ。自分のためにも栞のためにもなる選択を。それで凜子を選んだんだ。
何度も自分にそう言い聞かせる。でも柳地の中では達也の言っていることが正しいという考えが完全に消せなかった。
そしてもう1つ消せない言葉があった。
ムラサキカガミ。
自分の誕生日まであと2か月。そのたったの60日程度で忘れることができるだろうか? 9年も頭から離れなかったあの言葉を。それも忘れることができない自分の頭で。
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