第2話
2014年5月13日。この日は特別何かあるわけではない。いつも通り講義を受け、終われば家に帰ってくる。
「どっちのスーツケースで行くの?」
「黒い方。そっちの方が荷物が入るから」
山岸はスーツケースに荷物を詰め込み始めた。来週から野外実習で粟島に行く。その準備を自分の代わりにやってくれる。
「何そわそわしてるのよ? そんなに実習が楽しみ?」
そうじゃない。確かに実習は大学生活の楽しみの一つでもあるが、落ち着かない理由はそこではない。
今日は、栞の二十歳の誕生日だ。
「何でもないよ。あ、その上着は入れないで。まだ着るから…」
そう指示して柳地は椅子に座り、パソコンを立ち上げた。検索サイトを開く。そして無意識のうちに城島栞、と検索していた。
検索結果はいくつもあった。でもその中に自分の知っている栞はなかった。栞の電話番号やメールアドレスは知らない。だからこちらから連絡する術はない。だからせめて、インターネット上に何か情報がないかと思ったが無意味だった。どこかの大学の何かのサークルでもいい。そこにいるという形跡さえあれば何とかして連絡を取れるのだが…。事件も何も起こっていない。本当に手がかりひとつ、無い。
もしムラサキカガミ、あの言葉を覚えているのなら栞は今日、死ぬ…。呪いのせいで。しかもそれは自分が教えた言葉。自分が殺したようなものである。そうなって欲しくない。でも栞が無事かどうかは全くわからない。
「誰これ? 栞って?」
気が付くと山岸がパソコンの画面を覗いている。その行動に気が付かないくらい柳地は考え込んでいた。
「ねえ誰なの?」
「初恋の人だよ。今どこにいて何をしているかは知らないから調べてみたけど、何もわからなかった」
「その人の話、聞かせてよ」
話すようなことは特にはないのだが。でも山岸は一度質問するとしつこいので答える。
「昔、怪談話が好きな子がいてね。その子とよく話をしたよ。本や漫画を貸したりもした。でも高校受験で違う学校に行くことになって、それっきり何も連絡を取ってないんだ…」
山岸には、ムラサキカガミのことは言わなかった。
「何かうかない顔だな…。どうしたんだ三ツ村? まさかあの、山岸って人にフラれたのか?」
船の上で上条が話かけてくる。
「違うよ。山岸さんとは順調さ。おまえこそ彼女とかいないのかい?」
「知ってるくせに聞くなよ!」
あははっと笑った。
「もしかしてこの実習、楽しみじゃないのか?」
「そんなことあるかよ。十分楽しみだって」
でも柳地は暗い顔をしている。だから上条も話しかけてくる。
「この県は君の故郷だろ? 嬉しくないのか? それとも苦い思い出でもあるのか?」
自分の故郷はどちらかというと粟島よりも佐渡島の方が近い。実際に粟島には始めて行く。
「何でもないよ。上条が気にすることじゃない」
「そう隠すなよ。俺なら相談に乗るぜ?」
相談できる内容ではないのだ。
「ちょっと船酔いしてるだけだよ。島に着けば治る」
誤魔化した。
「そうか。ならいいけど。デッキ持って来た? 今日の夜やろうぜ!」
「いいけど、ダーク・ロウは禁止な。アレがあるとゲームにならない」
「そしたら君もオピオンは禁止だ」
上条と会話をして自分の気分を紛らわしたかったが駄目だった。どうしても考えてしまう。栞のことを。
栞はムラサキカガミを覚えたまま、二十歳を迎えたのだろうか? 今、生きているのだろうか? 無事なのだろうか?
覚えたまま二十歳になったのなら、無事だったか聞きたい。生きているなら教えて欲しい。無事ならそれに越したことはない。
でも、もしそうでなかったら…。呪いが本物で、もう既に死んでしまっていたら…。そんな考えが頭から離れない。
島に上陸しても気分が晴れない。この日は移動だけだったので、民宿に荷物を置いたら自由行動だった。
1人で海岸の方へ行く。日本列島が見える。少し右の方を向く。そこが故郷だ。栞と過ごした町だ。
「1人でこんなところに来て、どうしたの? みんな民宿でゲームしたりしてるよ?」
後ろで声がしたので振り返る。
「七瀬さんか。あんたの方こそどうしたんだい?」
「三ツ村君が心配になってそれで」
「心配されるようなことはしないさ。ここで海風を浴びてただけだよ」
柳地は自分が見ている方を指さした。
「やっぱり見えにくいな。あっちの方に原発があってね。俺は再稼働しても大丈夫だと思うんだ。でも市長が反対してる。3年前の震災で相当原発アレルギーになったんだろうね。安全だって父さんが言ってたんだけどなあ。もっと右に行くと俺の過ごした町があるんだよ」
「そうなんだ。私も行ってみたいな」
「何もないけど、暮らしやすいところだよ。冬の雷は少し怖いけどね」
「冬に雷?」
「七瀬さんは太平洋側出身でしょ? 俺は日本海側で育ったから経験したことあるんだ。冬でも雷、起きるんだよ」
説明を入れた後、2人は無言だった。七瀬は自分の話を理解しようとしているのだろうが、自分は栞のことを思い出して辛い。
七瀬が腕時計を確認する。
「もう夜ご飯の時間だよ。早く戻ろう?」
柳地の腕を掴んで引っ張った。それを柳地は振りほどいた。
「あんまり触んないでよ…。前にも言ったけど七瀬さん、あんたとは付き合えないんだ。その点は本当に申し訳ないと思ってるけど仕方ないことなんだ」
「それは、わかってるよ。でも今の行為は友達としてやったの。そんなに気にしないで」
七瀬の言うことは本当だろう。自分が異常に神経質になっているのだ。
「わかったよ。じゃあ、民宿に戻ろうか。魚料理が出ないといいな」
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