第五章 呪いの真価

第1話

 東連大学は千葉の小久保商店街の先にある。柳地はこの商店街のワンルームマンションに住むことにした。初めての地だが近くには兄が住んでいるアパートもあるので心配事は少ない。強いて心配にさせることは赤点が60点に上がったことくらいだ。

 大学に通い始めてから数週間が経った。まだ二十歳でもないのに居酒屋に行ったり、夜通しカラオケに行ったりした。


 ある日郵便受けを見ると、封筒が1通入っていた。部屋に帰って中身を確認する。

「在卒懇…か。確か去年もやったな。あの、先輩から大学受験の体験談を聞くやつ…」

 それの案内状が来た。交通費は負担してくれるらしいので行ってもいいな。どうせ土日は暇だ。

「まだ上京したばかりだが…戻るか」

 在卒懇の日程を確認する。6月の頭である。まだだいぶ時間がある。柳地は紙に記載されている、浅浜高校の電話番号に参加の電話をした。

 今度は達也にメールを送る。

「6月の初めの土日。暇かい?」

 少し経ってから返事が帰って来た。

「すまん。中間試験があって無理だ」

 そう返事が来ると思った。自分だって中間テストがある講義を履修しているのだから。

「それは残念だ。テスト頑張ってくれ」

 メールを送った後はこの前に課されたレポートを書き始めた。もう既にいくつか書いているので慣れた。柳地はレポートに早く取りかかる方なので締切など気にしたことはない。

 携帯が鳴った。

「今度は…上条か」

 メールの内容は今度の日曜に映画を見に行こうというものだった。上条はアニメ好きだから見に行く映画はだいたい察しが付く。

 金銭的な問題はない。映画の内容が気になるが断るのは上条に悪い。

「いいよ。暇だから見に行こう。時間はそっちで勝手に決めてくれて構わない。でもレイトショーは勘弁してくれ」

 返信すると再びレポートに戻った。そして完成させると柳地は近くのビデオショップに行った。

 ビデオショップで借りるビデオのジャンルはいつも同じ。オカルト系である。この手の類のは実家にいる時も見た。

「新巻はないのか…」

 もうこのビデオショップの怪談話や心霊映像のビデオは借り尽くした。見るものがなかったので仕方なく家に帰り、寝た。


 6月になって約束の日が来た。服は実家にあるので荷物は少なめだ。電車に乗って上野まで来て、上越新幹線に乗り換える。

 新幹線の中で音楽を聴きながら窓の外を眺めた。新幹線のスピードが速いため景色は目まぐるしく変わる。柳地はその景色に自分の人生を重ねていた。


 達也と出会って虫好きになったこと。

 栞とした怪談話。

 凜子との卓球。

 森谷と競い合ったこと。


 決して忘れたことはないが一つ一つを思い出すととても懐かしい。

「栞…」

 そう言えば栞は今何をしているんだろうか? 高校に進学してから何も連絡を取っていない。どこの大学に進んだのかも浪人するのかも知らない。きっと栞のことだからどこか有名大学か、難関大学に受かったのだろう。

 そしてもう1つ思い出す言葉がある。

「ムラサキカガミ…」

 頭から離れたことはない。常に頭のどこかに存在し続けた言葉だ。二十歳まで覚えていたら死ぬ。自分ならあと1年と4か月。呪いが本当かどうかはわからないが、忘れられないだろう。今までがそうだったから。そしたら俺は、死ぬのか…。

 そんなことを考えていると新幹線は到着し、そこから電車を乗り継いで実家に帰って来た。


 親に少し挨拶をして、そして自分の部屋にこもった。母が使っているのか、自分の私物はほとんどが処分されていた。

 机の引き出しを開いた。中には使わなくなったシャーペン、消しカスで作ったネリ消し、そして中学時代の年賀状が入っていた。

「これは…2009年。中2の正月の時のか」

 当時から仲の良かった人には年賀状を送っていた。しかし高校生になると面倒なので送るのを止めた。すると相手も送って来なくなった。

 一人一人の年賀状を見ていく。家族写真を送ってくる人、自筆で何か書く人、明らかにコンビニで買ってきたのに一言加えただけの人、色々である。

 その中から栞からのを見つけ出すのは容易かった。

「昨年はいろいろとお世話になりました。今年もよろしくお願いします。卓球頑張ってネ! 今年の目標はムラサキカガミといわないこと!」

 そんなことが書かれている。まだ当時は栞とも仲が良かったから、始業式が終わった後に年明け一発目から約束破ってるじゃないか、とつっこんだ記憶がある。その時に苦笑いされた。

「…栞も、覚えているのだろうか…」

 もし覚えているなら、二十歳の誕生日まで1年を切っている。早く忘れなければいけないが…。

「呪いなんて、バカバカしい…」

 今言ったことはほとんど嘘だ。誰よりも信じるタイプと自覚している。でもこれだけは、ムラサキカガミだけは嘘であって欲しいと思う。


「三ツ村くん、お茶切れてるよー」

 廊下からそう言う声がした。

「山岸さん…。あんたは俺の家に来過ぎじゃない? 今日は帰ってくれよ?」

 山岸涼子やまぎしりょうこ。大学は同じだが学科が違う。柳地は生物学科だが山岸は化学科だ。そして同じ1年生だが、浪人生のため自分より1つ上だ。

「いいでしょ? だって登校に2時間かかるんだもの。ここからなら5分で大学に着くわ」

「だったら1人暮らしを始めればいい」

 山岸からの返事はない。いつものことである。

「ねえ山岸さん」

「何?」

「誕生日、いつだっけ?」

「11月25日だけど。何かくれるの?」

 あと1か月か…。自分より先に二十歳になる。なら――


 なら、ムラサキカガミのことを教えてみるか…。1か月間、中学時代の栞のように言い続ければ忘れないだろう。それで呪いが本物かどうか、確かめる――


 柳地は首を横に振った。そんなことしてはいけない。山岸を実験台にするなんてこと、していいはずがない。

「ねえ何かくれるの?」

しつこくそう聞かれる。

「覚えてたらね。何が欲しい?」

 高いネックレスとかは勘弁してほしい。でも銀行の預金額を知られているので山岸は遠慮をしないかもしれない。

「そう言えば、三ツ村くんの誕生日はいつなの?」

「俺か? 俺はもう過ぎた。昨日だよ」

 今日は10月29日。もう19歳だ。あと1年で二十歳になる。それまでにムラサキカガミを覚えていたら…。

「ええ! 何で言ってくれなかったの! お祝いしたのに」

「別に祝ってもらおうとは思っていないさ。それに19歳になったってできるようになることもない。だから言わなかったんだけど」

 山岸は玄関の方へ向かう。

「今からでも遅くはないわ。ケーキ買ってくる!」

 止めても聞かないだろう。

「チョコレートケーキにしてね。俺は生クリーム、嫌いなんだ」

 数十分もすると山岸は言われた通りケーキを買ってきた。

「できれば祝い酒でもって思ったんだけど…私はまだ二十歳じゃなくて買えなかったわ…」

「いいよアルコールは。俺は苦手だし味もよくわからない。冷蔵庫にコーラがあるからこれにしよう」

 冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出した。そして自分のコップと山岸のコップに注ぐ。

「かんぱーい!」

 今は素直に祝おう。でも来年はそうはいかないかもしれない。2人でテーブルに向き合って座り、ケーキを食べながら話をした。

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