第6話

 3年の夏休み前に校内模試がある。全コースを含めた学年順位がこれで決まる。そしてこの模試で上位になった人から指定校推薦の枠を取って行く。指定校推薦に賭けている人からすれば非常に重要だが、一般入試と決めている柳地にはあまり関係がないので全く緊張しない。

「今回の模試は、勉強しないことにしたよ」

 森谷にはあらかじめそう伝えた。

「どうして?」

 もちろんそう返ってくる。

「三浦とか、古川とか、若松とか…。同じクラスで指定校推薦を目指してる人に順位を譲りたい。彼らにとって大事な試験だ。そんな試験を俺たちが戦いに使うべきではないと思う。負けた時の言い訳に聞こえるならそれで構わない。とにかく今回の試験は俺は勝負しようとは思わない」

 言えば森谷もわかってくれた。

「そうか…。まああいつらからすればこれが入試みたいなものだしな。俺のクラスにも指定校推薦狙ってる奴は多いし。いいぞ、今回は俺も手を引こう。だからと言って抜け駆けはするなよ?」

「しないよ。おまえだって後になって、順位が上だとか言うなよ?」

「わかってる。お前が言うならしない」

 2人でそう約束した。


 試験の結果はすぐに帰って来た。担任から点数と順位が書かれた紙をもらう。

「あっ…」

 あれだけ手を抜いて、試験前日は漫画を読んでテレビも観ていたのに、15位…。過去最高の順位である。

「三ツ村どうだったんだよ?」

 三浦がそう聞いてくる。

「わ、悪かったよ」

 そう返事したが聞き入れてもらえず、三浦は柳地の持っている紙を取った。

「うわっすげえー! やっぱ三ツ村は頭良いんだな」

 俺からすれば勉強しなかった自分を倒せなかったおまえたちが良くないんだが…。

「さっそく森谷に知らせよう」

 三浦は紙を持って教室から出た。

「ま、待て!」

 柳地も追いかける。見られたらまずい。あれだけ断っておいて抜け駆けしたと言われてしまう。

「待てってば!」

 やっと三浦を捕まえたが既に遅く五組の教室に入っており、紙は森谷の手に渡ってしまった。

「おいこれ…」

 森谷が紙を見て驚いている。

「これは、違うんだ! 俺は本当に勉強してない。抜け駆けとか、考えてないしする気もないんだ!」

 言い訳をする。でももう遅い。何を言われるか…。

「…よかった」

 え?

「今、何て…」

 森谷は自分の紙を見せた。

「15位…? 俺と一緒?」

「実は俺もさあ、勉強しなかったんだけど思いのほかよくて…。順位を聞かれたら何て言い訳しようか考えてたところだったんだよ。でも三ツ村もいい出来だったみたいだし、というか同じ順位ってこれ、今回もし勝負してても決着着かなかったんじゃないか?」

「…そうみたいだな」

 いらぬ心配だったようだ。しかし同じ順位とは驚いた。

「こうなるとますます勝敗を決めたくなるな。そうだろ三ツ村?」

 柳地は頷いた。

「ああ。大学受験、楽しみだぜ。そこで俺が勝つからな!」

「何を。いつも言ってるだろう? 勝つのは俺だ!」


 大学の受験シーズンになると駅で合格と書かれたティッシュを配っていたり、名前と受かることを掛け合わせたお菓子が販売されたりする。でもそんなものには何も力はない。高校受験の時にそうわかった。

 携帯が鳴った。開くと久しぶりに凜子からのメールだった。暇かどうかを聞いてきた。すぐ返事を打つ。

「暇じゃないよ。俺は大学受験があるんだし。凜子だってそうだろ?」

 送って数分待つと返事が来る。

「ウチは推薦で北中部学院に決めたから。柳地は推薦じゃないんだ?」

「そうだよ。北中部学院の工学部にしたの?」

「いいや法学部」

 柳地は椅子から転がり落ちた。

「ねえ。エンジニアになりたいってのはどこに行ったの? しかも法学部って、文系になってるし」

 確かエンジニアになりたいから高専受けたんだよな? 間違いないはず。

「高校で物理やってるうちに向いてない気がして。法学部に行ったら弁護士目指すよ」

 エンジニアが弁護士に変わるとは…。何が起きるかわからないものだ。

「というかさ、彼氏いるんだろ? 俺のこと誘っていいわけ?」

「ああ、あの人なら去年別れた」

 早すぎるだろう…。

「長続きしないね…」

「それ、柳地が言えたことじゃないでしょ?」

 その後もしばらくメールを交わした。でも勉強の邪魔になるからと、凜子の方から切り上げた。


 柳地はパソコンを立ち上げた。長野県立大学を調べる。

「…」

 改めて調べてみると、この大学は自分に向いてない気がする。生物系ではあるのだが、やっていることは植物寄りなのだ。自分は虫の研究がしたいが、ここに行くとすればできなくなる。だが今から志望校を変えるのは森谷に悪い。大学受験で決着をつけると決めたのに自分の勝手な理由で森谷も志望校を変えるかもしれない。そしたら長野県立大学対策は全部水の泡。自分は1からやり直せばいいかもしれないが、森谷は絶対に怒る。

 次に東連大学を調べた。ここの理学部生物学科は動物の研究もしており自分に向いていそうだ。中でも昆虫の生態についての研究は凄く興味がある。

 どうするか。長野県立大学は受けるだけ受けて、東連大学に行くと言う手もある。それを森谷に伝えようか…。だが東連大学には工学部がない。


 結局何も言わずに柳地はセンター試験当日を迎えた。雪が凄い。かなり積もっている。幸いにも降ってはいないので交通機関は麻痺しなかった。そのため試験開始の時間前にちゃんと試験会場に着くことができた。

 行く途中に何人もの浅浜高校の生徒を見かけた。卒業試験がない分、センター試験は必ず受けなければならないからだ。指定校推薦で大学に合格した人もみんな、だ。でも受ければ点数に関わらず卒業できるので、本気で試験に挑むのはやはり一般入試狙いの人たちである。

「やあ三ツ村」

 三浦と同じ教室だ。知っている人がいるだけで安心感が違う。この2日間、この教室で試験を受ける。国公立大を受験するにはセンター試験は必須なので緊張する。

「今度も森谷と競うのかい?」

「センター試験ではしないよ。国公立大は二次試験と合わせて合否が決まるから。もっとも競ったとしても負けないさ」

 そんな会話をした十数分後、センター試験は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る