第四章 競争の高校生活

第1話

 兄は千葉の大学に受かったから一人暮らしを始めた。今まで家族4人で暮らしてきたこの家を広々と使えるのは良いが、寂しい気もする。

 電車を1回乗り換えて浅浜高校に行く。家から近いから便利である。最初こそ慣れるまで苦労したが、慣れてしまえばどうということはない。


 兄がこの春休みに帰って来た。大きな休みになると必ず家に帰ってくる。そして一緒にゲームをする。

「高校生活はどうよ?」

「そうだね。この1年、最初は苦戦すると思っていたよ。でも蓋を開けてみれば、大したことない。こうなるなら生物部に入っておけば良かったかな?」

 赤点のシステムを知った当初は驚いた。最悪の場合、留年の可能性があるからだ。その恐怖が柳地に勉強をさせた。今まで全然勉強ができなかったのが嘘みたいに試験結果は良かった。

「何か高校の方が勉強が簡単な気がするよ。兄もそう思った?」

「いや。俺はそうは感じなかったな。お前と違って赤点取りまくったし、授業もよくサボった」

「兄はサボったことあったんだ? 全然気づかなかったよ」

「バレずにサボるんだよ」

 そんな会話をしながらテレビゲームで対戦する。

「クラスで最高何位を取った?」

「1位。でも一般クラスだからそんなに成績が良いわけじゃないよ。周りができないんだ。だからおのずとそうなるのさ」

「そんなに良い成績なら、2年に上がる時に国公立大準選抜クラス、2組に上がれるかもな」

 浅浜高校はクラス分けが特殊で、1組は国公立大選抜クラス。このクラスが1番頭が良い。次に2組の準選抜。そしてその他大勢の3、4、5組。柳地は1年生の時は3組だった。

「その話なら休みに入る前に担任から言われた。でも断ったよ」

「どうして? 偏差値の高い大学に行けるチャンスなのに」

「勉強ぐらい自分でできるってわかったんだし。それにハイレベルな授業は求めてない。俺が目指している長野県立大学はそこまで偏差値高いわけじゃないもん。授業だけ難しくなって挫折する可能性の方が高いよ」

 1年生の時に受けた模試で、志望校が書けなかったので担任に相談したところ、隣の県にある長野県立大学を教えてくれた。担任がそこの出身だという。

「兄こそ、生活はどうなの? この前兄の一人暮らしの家に行ったときはゴミだらけだったけど、ちゃんと片付けてる?」

「うるせえな!」

 いつもそうだ。兄は片づけが苦手なのだ。兄が実家に戻って来ているのはわずか一週間だけだが、この部屋も随分と散らかっている。

「とにかく。悔いのない高校生活を送れよ? 勉強漬けで遊ぶ暇がないのはかわいそうだぞ?」

「…もうそれは十分味わったよ」


 高校に入学した辺りから凜子と付き合い始めた。でも柳地は休日も勉強ばかりしていて全くデートに行かなかったので、凜子が怒ったのだ。そして半年で別れることになった。お互いに話し合った結果なので凜子に恨みはない。凜子も柳地のことを憎んでない。今はたまに連絡を取り合うくらいの仲に落ち着いている。


「大学は、どうよ?」

「大学か? 俺は満喫してるよ。受けたくない講義は受けなくていいし、過去問があるから試験勉強も簡単。サボっても出席取らない講義はバレないからサボり放題。高校生活なんて馬鹿らしい」

 相当大学は楽ちんなようだ。

「でも学科を間違えたかな?」

「と言うと?」

「生物学科の方が面白いことやってんだよ。離島に行って野外実習したり、ネズミの解剖したり、昆虫の実験したりともう何なりと。あれは絶対面白いぜ」

 兄の話を関心を持って聞く。東連大学と言ったっけか? 面白そうだ。

 時計を見る。

「もう12時だ。そろそろ寝ない?」

「そうだな。今日はやめるか」

 そう言って自分の部屋に戻った。でも柳地はまだ寝なかった。明日は何も用事はない。なら2時頃まで勉強しよう。春休み明けに実力テストがある。それに備えなければ。


 春休みも終わって2年生になった。2年から3組は文系、4、5組は理系に分かれる。さらに選択した社会の教科で4組と5組が決まる。

「俺は…4組か」

 わかっていたことだ。だから驚かない。クラスメイトも去年と半分くらい同じだ。

 自分の席に着いて実力テストの勉強をする。今日さっそくあるが、あまり緊張しない。

 やがて先生が来て朝の会が終わるとテスト開始となった。最初の教科は数学だ。

「…」

 試験中でしゃべれないので、柳地はもらったと心の中で言った。春休みの宿題と試験問題がほとんど同じだ。数値を少し変えただけだ。何度も何度も解きなおしたのでもう答えを覚えてしまっている。

 次の英語は初めて見る問題だが、元よりできる方なので苦戦しない。そして理系なので苦手な国語はない。そして生物と世界史の問題も難なく解いていく。


 実力テストの結果は4月の中旬には発表された。学年30位までは順位表が廊下に張り出される。

「あー! 私の名前だ!」

「俺、4位だぜ? 凄いだろ!」

「うわ。あいつに負けたのかよ…」

 ここに集まっている人はみんな選抜クラスか準選抜クラスだろう。そこにその他大勢のクラスの柳地が近づく。

「この4組の三ツ村柳地って誰だ? 一般クラスのくせに俺、コイツに負けたんだけど!」

「俺のことだけど? 何か?」

 騒いでる奴に話しかける。

「お前が三ツ村か! てめえ一般クラスのくせに生意気だぞ!」

「…そういうおまえは1組? 残念だったね俺の方が上で」

 上のクラスの連中を追い越すのは気分がいい。今までずっと下を這って生きていたから、人に勝つのが嬉しい。

「ちっ! 覚えてろよ!」

 知るかよおまえなんて。名前だって聞いちゃいないし興味もない。

 柳地は順位表を見た。自分は24位と担任に聞いている。それを確かめる。確かに自分の名前がそこにあった。次に上下を確認する。自分の他に、一般クラスの人がいないか探す。下に見つけた。

「28位に森谷もりや悠生ゆう、5組の人間か。こいつもなかなか頑張ってるな…」

 他のクラスとの交流は少ない。週1の体育の時間の時ぐらいだ。もっとも元3組の人としか運動はしないのだが。

 さて教室に帰ろうとした時、男子が1人柳地に話しかけてきた。

「お前が三ツ村か? 確かに茶髪でやせ形色白猫背だな」

「…そうだけど。おまえは誰?」

「俺は森谷悠生。5組の生徒だ」

 こいつが森谷か。自分よりも背が少し低くてちょっとロン毛。

「俺に何か用か?」

「今回は負けちまったけど、次のゴールデンウィーク明け実力テストは必ず勝つぜ!」

 森谷は宣戦布告してきた。だが柳地は他人と競い合う気はなく、

「勝手に言ってなよ。俺は自分の勉強をするだけさ」

 そう言って退散した。クラスでも自分と競い合おうとする人がいるが、今まで全部無視してきた。試験は他人と競い合うものではないし、勉強は他人と比べるためにあるのではない。そう思っているからだ。公立高校に落ちたのも最初は誰か、何かのせいにしていたがよくよく考えると自分が1番悪いのだ。

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