第7話

 高校受験の日は雪が降っていた。確か浅浜高校の時だった。毎年私立のどちらかの日は雪が降るというジンクスがあるらしい。

 普段勉強ができない柳地も、県内の私立高校で1番偏差値が高い中部学院と兄と同じ浅浜高校の両方に受かったので勢いに乗っていると思っていた。受験応援のポケットティッシュだって、誰よりも集めた。

 糸丘高校の受験の時のことはあまり覚えてない。そのくらい緊張していた。親は受かると言うが、試験問題は難しかった気がする。でも英語と理科は完璧に回答したつもりだ。そう思いながら卒業式を迎え、中学校生活は終わった。

 そして結果発表の時に絶望した。掲示された合格番号には、自分のが無かった。高校受験に失敗したのだ。

 結果発表の時は衝撃を受けただけだったが、塾に電話で報告する時は涙が出た。それぐらい悔しかった。何かの間違いであって欲しいと願ったぐらいだ。


 公立高校の発表の次の日、学校に行った。時間は登校時間と被らなかったので在校生とすれ違わなかった。

「あっ陽太…」

 今日学校に来ているということは陽太も志望校に落ちたということである。陽太は頭が良い方だから受かると思っていたんだけど…。

「柳地…」

 気まずい。かつて感じたことないぐらいに。

「何も言うな…」

 陽太がそう言うので柳地は黙った。陽太にとっても落ちたことはショックなのだろう。

 2人で指定された教室に向かう。もう来ることのない校舎。授業中なのか廊下は静まり返っている。

 教室には思ったより多くの人がいた。でもみんなテンションが低い。それはそうだ、不合格だったのだから。楽しい会話ができるはずがない。

 一通りメンバーを確認する。達也はいなかった。あいつは中部高専に受かったようだ。でも凜子がいた。エンジニアになりたいという夢があったのに叶えられなかったのは非常に残念だ。

 もう一度確認した。この中に栞はいない。栞は第1志望の深瀬高校に受かったようだ。あの高校は県内の公立校で一番レベルが高く、倍率も毎年2倍くらいだ。そんな難関に受かったのだから今頃家族でお祝いでもしているかもしれない。

 先生が今日提出する書類の説明をする。でも柳地の頭にはちっとも入って来なかった。


 自分は不合格。栞は合格――


 そのことで頭がいっぱいだった。もし受かったら明日来ることになっているので、その時に告白をしようと思っていた。でもそれは叶わない。

 叶わないのは会うタイミングがないからではない。この地方では公立高校に受かることはとても重要で、私立なんてみんな滑り止め程度にしか考えていない。

 この高校受験で完全に優劣が決まった。自分は劣等生で栞は優等生。それは最初からわかっていたけれど、いざ突きつけられると受け入れたくなかった。栞が、自分が思っているよりも遠くに行ってしまった感覚だった。栞が離れていくのがわかる。

 ここから告白してももう意味がない。栞は負け犬になった自分を受け入れてはくれないだろう。

 そもそも最初から、自分は栞に相応しくなかったんだ。柳地はそう考えた。運動ができて、頭も良い栞。対する自分は体を動かすのは苦手で、勉強もできない。どこからどう見ても釣り合わないんだ、俺たちは。そう自分に言い聞かせ、出来るだけ思い出さないようにした。


 気がつけば先生の説明は終わっていた。みんな渡されたプリントに入学する私立の高校名を記入する。

 どちらに行くかは親が選ばせてくれた。柳地は浅浜高校と指定の枠に記入した。ここは大学の合格者も多いし、兄が指定校推薦が多くて進学に有利だと教えてくれたのでここに決めた。

「陽太はどこに行くんだ?」

 隣に座っている陽太に聞く。

「俺は中部学院にするよ。あそこならエスカレーター式で北中部学院大学に進学できるから…」

「でもあそこ、男子校だよ? 大丈夫?」

「別に出会いを求めて高校に行くわけじゃないだろ」

「いや、そういう意味じゃなくて。男子校って指導が厳しいってイメージがあるから」

「そんなことないさ。どこも校則があるのは一緒だよ」

 陽太の言う通りである。自分の勝手な思い込みだ。

 書類を提出し、帰る準備をする。その時凜子が話しかけてきた。

「なんだいどうしたの?」

 凜子はなかなか言い出さない。

「…凜子はどこの高校に行くの?」

「ウチは、赤百合にする…」

 赤百合高校も中部学院と同じで、系列の大学にエスカレーター式で進学できる。

「そうか…。ならそこで勉強して、工学系の大学に進んでエンジニアになる夢、叶えなよ」

「柳地はどこに行くの?」

「俺は浅浜高校。特進コースに受かったからそこで大学受験の勉強地獄かな? そして生物系の大学に進めばいいさ」

「そう…」

 凜子も今日はテンションが低い。


「じゃ、俺は帰るよ。お互い高校生活、頑張ろうぜ?」

 そう言って歩き出したら、凜子が柳地の服を掴んだ。

「どうした?」

「…」

 また無言である。

「何か用があるならはっきり…」

 言ってくれ、と言う前に凜子は柳地のことを廊下に連れ出した。いきなりの行動に驚いた。

「どうしたんだよ?」

「前から確認したかったんだけど、聞いていい?」

「何を?」

「柳地って、栞と付き合ってるの?」

 思い出したくないことを聞かれた。

「誰かがそんなこと言ってたの?」

「いつも、仲良さそうにしてるから…」

 確かにそうだ。そう勘違いされてもおかしくはないだろう。実際に義孝に聞かれたこともある。

「そんなことはないよ」

 栞とは確かに仲は良かった。でも付き合ってはいない。いいやもう付き合えない。自分とは釣り合わない。栞は勝ち組なのだから。

「そうなの…。なら良かった…」

 良かった?

 栞と付き合わないことが良いことなのだろうか? 今、完全にブルーな気分の柳地は変な方に物事を考えた。

 きっとこれで良かったんだ。栞は深瀬高校で良い人を見つけ、付き合っていくんだろうな。それが栞にとっての幸せであり、それを奪う権利は自分には無い。栞のそばにいるべきなのは悔しいけれど自分じゃないどこかの誰かなのだ…。

「まだ10時じゃん? これからやることないならちょっとウチと付き合ってくれない?」

「付き合うって…?」

 凜子は自分と同じ、受験に失敗した負け犬。だったら相手として十分だ。立場が同じなら何も心配することはない。

「ああ。いいよ。どこへ行くんだい?」

「今からなら、上越水族館に十分間に合う。そこに行かない?」

「水族館か…」

「…やっぱり虫の方がいい?」

「いや。いいよ水族館で。生物は好きだから。俺は魚も少しは詳しいよ?」

「なら良かった。じゃあ行こっか!」

 少し凜子が元気になった。それがちょっぴり嬉しくて、自分も少し元気になった。

 2人で校舎を出て駅に向かった。栞と過ごしたこの校舎、そして今までの七年間のことを思い出すことはもうないのだろう。会うたびにムラサキカガミと言ってきたのも今となってはもう懐かしい。あれは呪いの言葉で聞くのは嫌だったが、もう一度栞から聞いてみたかった。

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