第6話
3年生になると嫌でも言われることがある。
「もう受験生になったんだから…」
何度も聞いた。そう言って両親は自分の娯楽のほとんどを禁止してしまった。そして唯一の楽しみだった部活も、中総体で1回戦負けして引退となり終わってしまった。
柳地は全校生徒の集会で、表彰される生徒を見た。校長先生が賞状を読み上げる。
「準優勝。個人女子の部。城島栞…」
自分だって努力はした。でも負けてしまった。フルセットでデュースにまで持ち込んで。その時に慰めてくれたのは凜子だけであった。
結果が残せないと意味ってないんだな。そう思う。だから自分はここで他の多くの生徒と共に体育座りしている。
「中総体が全てじゃないって。中学生の本当の勝負は高校受験だよ」
陽太はそう言った。ここは気持ちを切り替えないといけない。だが元から勉強が嫌いな柳地に、それに一生懸命取り組めと言うのは無理な話だった。相変わらず塾では身に入るような勉強はせず、学校の授業にも集中しない。もちろん成績も上がらない。
受験まであと半年。この日も学校の自習室で一応勉強する。教科書とノートを開くが、手はなかなか動かない。
ガラガラと扉の方から音がした。誰か入って来たみたいだ。その人は自分の隣の席に座った。
顔を隣に向ける。栞かなと、一瞬だけ期待したが凜子だった。
「勉強、はかどってる?」
凜子が聞いてくる。柳地は何も書かれていないノートを指さして、
「見ての通り」
と答えた。
「柳地はどこの公立狙ってるの?」
「ん~。俺は糸丘高校かな? 俺が入りたいんじゃなくて、親がそこを受けろって言うんだ。俺的にはもうちょっとレベルが低い栁澤高校にしたかったんだけど」
「柳地の自分の意志を尊重するべきじゃない? 柳地が受けたいならそこを受けるべきよ」
「でも、担任の先生にも反対されたんだよ栁澤高校は。それに親も、糸丘高校を受験しないと学費出さないとか言い始めるし…。栁澤の方はもう諦めた」
「私立はどこ受けるの?」
「私立は、1つは兄と同じ浅浜高校かな? もう1個は男子校の中部学院にするつもり。凜子は?」
そう聞くと凜子は一度下を向いて、それから、
「ウチは中部高専かな? 私立は女子高の赤百合高校と山里高校。柳地とはどうやっても離れ離れだね…」
「そうだね。高専狙ってるんだ?」
「うん。将来、エンジニアになりたくて」
女子がそんなことを言うのは意外だ。エンジニアは男っていうイメージがある。
「そう言えば達也も中部高専って言ってたよ」
別に裏切りやがって、とか言うつもりはない。ただもし達也が普通科の高校に行って、生物分野に進めば2人で研究ができると思ったのだ。小学生の頃、2人でそんなことを言った記憶がある。
「どの学科?」
「学科?」
「達也って人はどの科を狙ってるの?」
「さすがにそこまでは聞いてないな」
「それじゃあ意味ない…」
「どうして?」
「もし同じ学科だったら敵が増えるじゃん。少しでも合格率を上げなきゃ」
そんなことを言ったら同じ高校を受ける人は全員敵になってしまうぞ…。でも確かに受ける人が減れば受かる確率も上がる。柳地はみんなで合格すればいいとのん気に思っていたが、凜子は現実主義だった。
「どうなんだろう。それはやっぱり本人に聞いてみないとわからないよ。今度聞いてみようか?」
聞いてもいても多分わからないと思う。高専のシステムは知らない。第一高校は中学の延長みたいなものじゃないのか? 兄の生活を見ている限りはそんな感じである。赤点という点数が存在するらしいが。
「しなくていいよ。もし同じだったら敵が増えるだけだし」
「そうか。ならいいや」
凜子がそう言うのなら達也に聞くのはやめる。
「ところで高専ってどんなところ? 普通の高校とは違うの?」
「うーんとね、まず5年間通うことになるんだよね」
「5年間? じゃあ大学はどうするの?」
「大学に入るなら途中からになるね。大学入試は受けないよ。それに卒業したら就職かな」
凜子は高専に行く気満々である。そしてちゃんと受験する高専のことを調べている。対して自分は糸丘高校のことなんて何も知っていない。
「柳地は将来何になりたいの?」
「俺は…やっぱりこれかな?」
カバンから昆虫図鑑を取り出した。小学生の頃から持っている、ポケットサイズのやつ。もうボロボロで、半分に分かれてしまったのでセロテープで補強してある。
「やっぱり昆虫学者?」
「だね。やりたいことをして生きるのが1番だと思うんだ。高校に行ったら生物系の大学を目指すつもり。俺の親もそこだけは理解してくれてるし」
「そしたらその頃ウチはエンジニアになってるね」
お互いにこれからの夢を語り合った。
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