第5話

 この日の部活は台で打たせてもらえなかった。ランニングに行くことにした。

「1人じゃ顧問の斉藤が何言うかわからないよ?」

 凜子がそう言う。けれどランニングに行こうとする人が他にいない。

「じゃあ凜子。一緒に行ってくれる?」

「うん。いいよ。ウチも行こうかと思ってたとこ」

 2人は校門を出て走り出した。

「はあ、はあ」

 まだ200メートルも走ってないのに息が上がる。

「凜子、先に行けるなら俺のこと置いてっていいよ。自分のペースで走った方がいい」

「いいやウチは柳地に合わせるよ」

「ならもうちょっとゆっくりにしていい?」

 凜子は無言で頷いた。

 普段真面目に活動している柳地だが、この時は自分からしゃべり出した。

「こういうことするたびに思うんだけどさ。俺ってやっぱり運動向いてない。絶対できる人じゃないな。栞が羨ましいよ。あいつは運動もできるし。頭も良い。そんな人になってみたいぜ」

 ネガティブなことを言う。でも凜子はちゃんと聞いてくれた。

「柳地だって、ウチより卓球うまいじゃん。良いところはあるよ。それに2年になってから、順位も上がったんでしょう?」

「上がったって言っても、60位くらいになっただけだよ。賢い人たちには敵わないさ」

「それぐらい上がれば十分だよ。ウチなんて去年とだいたい同じ順位で、親に進歩がないって言われたもん…」

 成績が悪くて叱られるのは自分だけではないみたいだ。

「凜子の家もやっぱ、悪いと怒られるの?」

「そりゃあそうよ。今から大学入試まで心配されてるのよウチは。期待し過ぎだよ…」

 2人で家の悪口を言い合う。意外にも2人の両親は似たようなところがあって会話が盛り上がる。気付けばランニングなのに歩いていて会話に夢中だ。


「あ!」

 急に柳地が声を出したので凜子は驚いた。

「えっ何?」

「伏せろ!」

 言っても反応しなかったため、柳地は凜子を無理矢理押し込んでしゃがませた。

「何何急に? どうしたの?」

 柳地は当たりを見回し、

「…行ったな。もう大丈夫。いきなりごめんね頭を押さえたりして。でもこれしか思いつかなくて」

「だから、何が?」

 柳地は後ろを指さす。その方向には1匹、スズメバチがいた。

「アレがいたからかわす方法を。この時期はやっぱりいるんだよ。近くに巣があるのかな」

 凜子は茫然としていた。

「スズメバチは眼が体に対して上についてるから、急に伏せれば見失うんだ。前にこの方法でスズメバチから逃げられたことがある。だから今、しゃがんでやり過ごした。もし気付かないでいたら刺されてたかもしれない。危ないところだったよ」

 凜子は状況をやっと理解した。

「つまり、柳地がウチを守ってくれたってこと?」

「そうだね。大切な部活の仲間が傷つくのは俺は嫌だからね」

「ありがとう!」

 凜子がそう言った。でも柳地は何も違和感を感じなかった。前に栞に言われた時には確かに感じたのに…。

 わからない。同じ言葉で何が違うのだろう?

「続きは走ろうよ。本来ならランニングに来たんだし。サボってるって言われても言い逃れできないよ? スズメバチからだけじゃなく顧問の齋藤からも逃れないと」

「そうだね。でもあまりペースを上げないで…」

 2人はまた走り出した。今度は柳地は黙っていた。

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