第6話
「え、幽霊?」
栞がそう返した。
柳地は、その後に信じているなんてバカバカしいと続くと思った。そしてこれから変人扱いされるのだろうと覚悟した。
しかし栞はそうしなかった。
「柳地って幽霊にも詳しいの?」
栞がくいついてきたので、ここはもうはいと言うほかなかった。
「ああ、そうだよ。よくテレビとかで見るんだ」
「幽霊なんているの?」
彰がそう言った。いや彼でなくてもそう言う。
「ボクは信じてるけど、君らは?」
両親と兄は幽霊の存在を否定する。だから誰にも話したことがなかった。でも、他人がどう思っているのかは興味がある。
「いるわけないじゃん。バカなの?」
彰は存在を否定した。
「どうなんだろう。柳地は信じてるんでしょ?」
「そうだけど」
「なら、いるんだよ!」
栞は肯定した。
「姉ちゃんはコイツに賛成するの?」
「うん。だって、なんだか面白いじゃん」
「絶対いないよ。科学で証明できないでしょ?」
確かにそうである。幽霊の存在を否定する人は大抵、科学の方を信じている。だから、存在を否定する。
「ボクは、いると思うよ。科学だけが全てじゃないでしょうに。もしかしたら科学で証明できるかもしれないよ?」
「そんなことよりさあ、さっきの幽霊の話、もっと聞かせてよ」
栞が柳地と彰の会話に割って入って来た。
「幽霊の話?」
「そう。悪霊…だっけ? どうのこうの言ってたじゃん」
「悪霊ね。なんて言ったらいいのかなあ。人に悪さする幽霊だね」
「どんなの?」
「例えば、人を死なせたりするよ。地獄に連れて行かれるのかな」
「それは、怖いね。私も気をつけなきゃ」
「そんなので人が死ぬわけないじゃん」
彰がそう言ったが、栞はそれを無視して柳地に話を続けさせた。
「他には何か、しないの?」
「う~ん。ボクもそこまで詳しくはないかなあ。テレビで観た程度だから」
山尾花公園を過ぎ、交差点に差し掛かった。信号が丁度青なので渡る。
「もう家に着いちゃった」
「ここが、栞の家のマンション?」
柳地は驚いた。そのマンションは、達也と同じだからだ。
「ここに小池達也って住んでるのわかる?」
「誰それ?」
「彰はわかんないかもしれないけど、ボクらと同じクラスの人だよ。確か1階に住んでるはずだけど」
「わかんないかなあ。私のマンションはあまり隣人間で交流ないし。それに私の家、8階だから」
「8階なんだ。ボクの住んでるマンションは7階建てだから、それより高いんだね。景色も良さそうだね」
「全然。目の前に銀行のビルが建ってるし、近くにも他のマンションがあるから、全然良くないよ」
「そんなもんなんだ」
達也と遊んだことが何度もあるので、このマンションには何度も来たことがある。しかし、達也は1階に住んでいるので、景色は見たことがない。庭は見せてはもらったが、それだけだ。柳地はここから少し離れた別のマンションに住んでいるが、三階なので景色なんてあってないようなものである。高い階に住んでいる栞が羨ましかった。
「じゃあ、月曜日ね」
「うん。バイバイ」
2人はマンションの入り口の方へ歩いて行った。柳地は自転車に乗り、漕ぎ始めた。ここからならすぐ着く。
家までの長い通りを一人、自転車で駆け抜ける。幽霊の話が楽しかったからか、疲れを忘れていた。
「行ってきます」
虫よけスプレーを腕に吹き付け、長ズボンを履き、帽子を被り、虫取り網と虫かごを持って、柳地は家を出た。
今日はどんな虫がいるだろうか。バッタなら何でもいい。チョウでもいい。でも甲虫は駄目だ。オオカマキリが食べられない。アリも小さすぎるため駄目だ。
山尾花公園にはすぐに着いた。やっぱりボール遊びをしている子、遊具で遊ぶ子がいる。保護者も何人かいる。でも草むらにいる子は誰もいない。
公園に入り、草むらを目指す。すると、
「やっぱり来た! 柳地!」
声のする方を振り向く。するとそこには栞がいた。
「君、本当に来たの?」
「うん」
柳地は栞の体全体を見た。恰好は昆虫採集に全く適していない。というか手ぶらである。
「虫、捕まえるんでしょ? いっしょにやろうよ」
「いいけど、網は? 虫かごは?」
「あ…」
今頃気付くなよ、と柳地は思い笑った。それにつられて栞も笑った。
柳地が草むらに入っていく。栞はそこに付いて行かず、
「え、ここに入るの?」
「そうだよ」
そうじゃなければどうやって捕るのさ?
「何かいそうじゃない」
「その何かを捕まえるんだよ! それが昆虫採集さ」
そう言っても栞は草むらに入るのをためらっている。
「この公園には花壇とか無いからハチはいないよ。それに危険な虫は見たことないから大丈夫だよ」
「なら、行くよ」
栞が草むらに入った。
「足がくすぐったい」
柳地が栞の足を確認する。しかし何もいない。
「スカートで来るからだよ。少し暑くても長ズボンで来るべきだったね」
「今度からそうするよ」
「また、来るの?」
「そこはまだ、考え中」
女子に昆虫採集は無理だろう。栞はきっともう来ない。これが栞にとって最初で最後の昆虫採集だ。
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