第5話
栞が同じスイミングスクールに通っていることがわかったのは金曜日だった。聞くと2年の頃に金曜日に変えたらしい。でも全然気づかなかった。栞の方が自分よりも級が1個上だ。だから交流する機会がなかったのだ。
栞の1個下の弟の、
「あんたが今度の姉ちゃんの隣の席の人かあ」
「柳地だ。よろしく」
「俺は彰。よく覚えとけよ」
人の名前何て忘れないさ。もっとも一度聞いたら最後、忘れろと言う方が自分にとって無理な話。
級に分かれてプールに入る。九級の柳地と彰は背泳ぎだが、八級の栞は違う泳法を学んでいた。
「もっと速く泳げねえのかよ?」
「うるさいよ。速く泳ぐことより、フォームが大事なんだよ」
いちゃもんをつけてくる彰を先に泳がせ、柳地はその後を泳いだ。
兄が行っているからと1年生の時から親に半ば強制的に入れられたスイミングスクールだったので、柳地は当初通うことを心地良く思っていなかった。でも栞と知り合い、仲良くなるきっかけが少しでも増えたので、今は悪くないと思っていた。
時間はあっという間に過ぎ、5時半となった。みんなプールから上がり、シャワーを浴びて体を温めるためにサウナに入った。
柳地は今までは兄の横にいつもいたが、今回は栞と一緒にいた。
「柳地は彰と同じ級なんだ。早く上がってきなよ」
「それができれば苦労しないよ」
「この人泳ぐの遅いから一生無理じゃない?」
「彰、そんなこと言わないの!」
彰の頭を栞がポカンと叩く。
「でも、上の級になるとタイムが要求されるらしいよ? 兄ちゃんがそう言ってた」
「そうなんだ。でも私は速く泳ぐ自信あるし、大丈夫かなぁ」
「柳地には無縁だって」
また、栞は彰の頭を叩いた。
更衣室に行き、着替える。彰としゃべっていると彼は急に、
「柳地って友達いないの?」
と聞いてきた。
「何だよいきなり! いるよちゃんと」
「へえ。でも今日他の人と全然話してないじゃん」
「前までは、達也っていう親友がいたんだけど、水曜日に変わったんだよ。それにいつもは兄ちゃんと話してるんだよ」
「なんだ。そうなのか」
「そうじゃ駄目かい?」
「別に」
更衣室を出るとスイミングスクールの玄関で栞が待っていた。
「ちょっと、遅いよ、彰」
「しょうがないじゃん柳地が邪魔したんだし」
「はい? ボクはそんなことしてないぞ?」
「まあいいよ。早く帰ろう。柳地は家こっち方面?」
「うん。途中までは一緒だね」
「兄は待たなくていいの?」
「兄はいつも遅いんだよ。早く帰ってご飯食べてドラえもん見たいし、もう行こう」
3人で並んで帰る。その中で自転車で来ているのは柳地だけだった。柳地は自転車を挟んで栞の隣を歩いている。
話される内容は、特に変わったことのない、いたって普通の内容だ。だが柳地にはなかなか発言するチャンスがない。栞が彰に、柳地のことを紹介しているからだ。
「あのカマキリはおっきかったね」
「へえ。柳地、今度見してよ」
急に自分にふって来た。
「え、あ、うん。3組に来ればいつでも見れるよ」
「でさ、バッタ食べる時が凄いの。頭から食べ始めるんだよ」
栞はまるで自分がオオカマキリを飼っているかのように話をした。
「それも今度見して」
「それは、うーむ」
セセリチョウもトノサマバッタも食べつくされてしまった。また山尾花公園に行かなければならない。そこで捕れるかどうかわからないので、約束はできなかった。
「公園にいれば、ね。トノサマバッタはもう食べられちゃったから」
「餌はアリじゃ駄目なの?」
「アリは小さすぎるよ。もっと大きくないとオオカマキリも食べないと思うんだ」
柳地はため息を吐いて、
「だからまた、山尾花公園に行かなきゃ…。餌を補充するんだ…」
カマキリを飼うということは、延々と餌となる虫を補充することになる。一年生の時に兄が飼っていたコカマキリで経験済みだ。
「今度いつ、山尾花公園に行くの?」
「え?」
「私も虫、捕まえてみたいな」
「ええ!」
栞の予想にしない言葉に、柳地は驚いた。昆虫採集は男子のものと思っていたからだ。柳地の頭の中では、女子は虫とは無縁だった。たまに虫かごを突くくらいしか興味がないと思っていた。
「明日かな? 多分午後に行くと思うよ」
そう話していると、3人は山尾花公園に差し掛かった。夜の山尾花公園は不気味である。それこそ幽霊が出そうだ。
「今、捕ればいいんじゃない? 行ってきなよ柳地」
「冗談言わないでよ彰。今日は疲れたし早く帰りたいよ。それに」
柳地は続ける。
「それに、夜の公園って不気味だよ。何か出そうだし」
「何かって何?」
「幽霊とか。悪霊に憑りつかれたらたまったものじゃないよ。地縛霊も考えられるし、浮遊霊も拾っちゃいそうだ。それに丑の刻参りやってるかもしれ…」
しまった。今まで達也にも黙っていた、幽霊への関心が口に出てしまった。
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