第24話 椎名耳かき店 赤ちゃんの耳掃除

「香澄、お願い! この子のお耳、見て!」


 友達に手を合わされ、香澄はビックリした。


 ことの起こりは香澄が高校時代の友達と会ったところから始まる。

 子供を産んでしばらくして落ち着いた友達が、香澄のところに赤ちゃんを見せに寄ったのだ。

 

「ご両親のお店を継いで、改装したんだ」


 そんな話から始まり、赤ちゃんの話をしていたところ、友達が耳を見て欲しいと頼んできたのだ。


「急にそんなこと言われてもかもだけど、実は子供が時々、耳を触っていて気になっちゃって……」

「それは気になっちゃうね。それじゃ、ちょっと見てみるね」


 お店の椅子だと緊張するだろうと思い、香澄は待つためのソファの方を勧めた。


「そこに座ってもらえる?」

「うん」


 友達が赤ちゃんを抱いて、ちょっと所在無さげに香澄の様子を見守る。

 見てと言ったものの、それでどうすればいいのかわからなくて落ち着かないらしい。


 香澄はタオルなどを持ってきて友達に声をかけた。


「そのまま赤ちゃん抱っこしてくれていればいいからね」

「う、うん」


 赤ちゃん自身は抱っこされて機嫌良くしている。


「赤ちゃんでも耳かきって使えるの?」

「耳かきは傷がついちゃって危ないから、使わないほうがいいと思う。赤ちゃんの肌ってデリケートだから」


「それじゃ綿棒?」

「綿棒も太いのを中に入れちゃったりすると、耳垢を押し込んじゃったりするから……これから始めてみるね」


 香澄が取り出したのは小分けにされた新しいガーゼだった。


「赤ちゃんが嫌そうだったら、すぐにやめるからね」


 そう前置きして、香澄がまず人肌くらいのあたたかさのタオルで耳の周りを拭いてあげる。

 耳の裏まで拭いてタオルを片付けると、友達が赤ちゃんの耳の裏を触り、視線を上げた。


「なんだかちょっとベタッとしてたのがなくなった気がする」

「汗をかいていたか汚れが溜まっていたのかもしれないね。赤ちゃんは新陳代謝が激しいから」


 香澄は次に小分けガーゼの袋を丁寧に開けて、新しいガーゼを取り出した。


 赤ちゃんが何をしているのかと気にするように香澄を見る。

 香澄はニコッと笑い、笑顔のまま、そっとガーゼを赤ちゃんの耳穴の入り口に当てた。


「……イヤじゃないかな?」

「泣いてもないし、怖がってもいないみたい」


 お母さんである友達の言葉に安心し、香澄が耳の入り口のあたりをそっと拭いていく。


「中のほうまではしないの?」

「うん、赤ちゃんの耳掃除は入り口を拭くだけが一番いいのだけど……ん?」

 

 香澄があることに気づいて手を止める。


「どうかした?」

「赤ちゃんが時々、耳を触っているって言ってたよね?」

「うん」

「それはもしかしたら、これが気になったのかも……」


 耳の入り口から見えるものを香澄がじっと見つめる。


「何かあるの?」

「うん。入り口直ぐのだから取ってみてもいいかな?」

「お願い、ぜひお願い」


 友達のほうがむしろ積極的に取ってと頼む。


「それじゃ……奥には入れないからね。ちょっとだけじっとしててね。あ、そのまま赤ちゃんは縦に抱っこしていて」


 香澄が新しいガーゼを取って、そのガーゼに指を当てる感じで、そっと耳の入り口に触れ、くるーっと耳の入り口をなぞった後、すすっと手前に引っ張った。


 すると、ずるーっと黒い塊が出て来た。


「こ、これ、耳垢!?」


 友達が驚いて声を上げたため、赤ちゃんもビクッとする。

 香澄は柔らかな声でそれに答えた。


「うん。赤ちゃんってお腹の中にいる頃も耳垢が出来るから、羊水の中にいた影響で、こういう黒くて大きな耳垢が出来てるの」

「そういうものなんだ……それにしても大きいね」

「そうだね。耳には自浄作用があるから、寝てる時にぽろっと外に出たりするのだけど、これがちゃんと出なくって、赤ちゃんがお耳が気になっていたのかも」


 ついでにということで、香澄は逆の耳も見てあげたが、逆の耳のほうは大きな黒い耳垢は無事に自然に外に出たのか入っていなかった。


「この子って耳垢がベトッとしたタイプなのかな」


 香澄が逆の耳の周りを拭いている様子を見つめ、友達が尋ねる。


「ん~、どうかな。赤ちゃんってさっき言っていたみたいに、羊水にいた影響とか、新陳代謝が激しくていつも汗をかいてるから、耳垢が湿っている子が多いんだ」

「それじゃ変わったりするかもしれない?」

「うん、大きくなったら変わって来るかも」


 話しながら耳を綺麗に拭いてあげている内に、赤ちゃんが寝始めてしまった。


 香澄はガーゼやタオルを片付け、友達に小声で声をかけた。


「こういう時でもないとゆっくりできないだろうから、お茶を淹れるね」

「え、今いろいろとやってもらった後なのに、そんな」

「いいのいいの。なかなか静かにお茶なんて出来ないだろうから座ってて。今、お菓子も持ってくるからね」


 香澄はお湯を沸かして紅茶を淹れ、買っておいたお菓子を皿に載せて、テーブルに並べて、友達を店の奥に呼んだ。


 今日の椎名耳かき店はちょっと店の奥から甘い香りがする日となった。

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