第25話 椎名耳かき店 大きすぎる耳垢のお客様

「香澄ちゃん、大きくなったね~。もう中学は卒業したのかい」

「はい。十年ほど前に」


 微笑んで答えながら、香澄は耳かきの準備をした。

 お客様は近所のおじいちゃんだ。


「息子がテレビの音が大きいから、香澄ちゃんのところに行って来いって言うんでね」

「そうだったのですね。それでは耳掃除を始めさせていただきますね」

「はい?」


 香澄の声が聞こえないらしく、おじいちゃんが大きな声で問い返す。

 もう一度言おうとして、香澄は耳かきを見せた。


「おお、耳かきを始めるのかい。わかったわかった、動かないでおとなしくしてるよ」


 目で見るほうがわかりやすかったらしく、香澄が何か言う前に、おじいちゃんは椅子に体を横にした。


「それは失礼しますね」


 香澄が耳に触れて引っ張る前に、もう耳の中が汚れているのが見えた。


 毛が多いのもさることながら、黄色がかった白くて大きな耳垢が耳を動かす前から見えている。


 香澄が耳のふちを持って、少しだけ後ろに引くと、耳の中がよく見えた。


 同時に耳の中に多量の耳垢が隙間なく耳の中に入ってるのが香澄の目に映った。


「どうだい? 耳の中は汚いかい?」

「耳垢の大きいのがありますので、取って行きますね」


 柔らかく答えて、香澄が耳かきを手にする。


 本来なら柔らかくしてピンセットで取るほうが取りやすいのだけれど、液体の注入や金属の道具は嫌う人もいる。


 そのため、香澄は耳かきだけでなんとかすることにした。


(出来るだけ慎重に……)


 香澄は心の中でそう唱えながら、耳壁から耳垢を剥がす作業を開始した。


 耳かきでかける部分を探し、外から内にカリ、カリッとかいていく。


 耳垢が充満しているので、かき方は軽くカリッカリッでも、音はすごくゴソゴソという。

 

 少し横にずらしてカリカリとかくと、そこの部分が少しめくれ上がった。


(このあたりからいけそう……)


 カリカリ、ペリペリッと耳垢がめくり上がり、耳垢が耳壁から剥がれていく。


 でも、ここだけ剥がしても全部は取れないので、香澄はまた違う方角からかけるところを探した。

 

 逆のほうからもカリカリとかいてみる。


 耳の壁に触れられないくらい耳垢が多いので、かいてみても耳垢の上の耳垢が少し剥がれる感じだ。


 それでも根気良く耳垢をかいていると、耳の壁が少し見えた。


 いきなり壁のほうにかいてしまうと痛いかもしれないので、香澄は耳壁のそばの耳垢を耳かきのさじでクイックイッと押した。


 動く。


 耳の中にいっぱいの耳垢だけれど、固まって貼りついてしまっているとまではいっていないらしく、押せば動いた。


 香澄は押して浮いた耳垢を耳かきのさじで外から内に集めるようにごそごそとかいた。


 途中、どうしてもひっかかってしまう手ごわい部分があったので、ガリッガリッと少し強めにかくと、ベロンと大きくめくれた。


 そのめくれた部分から見ると、耳の最奥が見えた。


 意外にも奥の鼓膜は汚れていないようだった。


(このまま上手にめくれれば……)


 香澄はまた違うほうをかいてみた。


 耳垢が多すぎて、また耳壁ではなく、耳垢をかく形になったが、そこで耳垢がボコッと音を立てた。


 耳垢をカリカリとかいている内に耳垢が動いたのだ。


(これを……あと少し……)


 大きな耳垢を耳かきのさじで押さえて、耳の穴の様子を探る。


 一部貼りついているところを細かくカリカリッ、カリシャリッとかいた後、香澄は耳かきで奥のほうを集めて、耳垢を浮かせて、手前のほうに引っ張った。


 一度引っ張ったくらいではなかなか出ない。


 慎重に千切れないように、中のほうの耳垢も少し前に出して、もう一度ゆっくりと引っ張る。


 ゴソゴソゴソッ。


 そんな音をさせて、大きな大きな耳垢が出て来た。


 2センチ以上ありそうな大きなうねるのある耳垢だ。


「取れたかい?」

「はい、取れました」

「おお、良かった良かった」


 おじいちゃんが今度は聞き返すことなく、返事をした。


 大きすぎる耳垢が取れて、聞こえが良くなったのだ。


 すると、おじいちゃんはおもむろに椅子から立ち上がった。


「香澄ちゃん。ちょっとじっとしてるのに疲れたから、逆の耳は他の日でいいかい?」

「はい。かしこまりました。お待ちしていますね」

「ありがとう。なんだかやってもらってる内に眠くなったから、家で寝て来るよ」


 お気をつけてと声をかけて、香澄はおじいちゃんが帰るのを見送った。

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