第22話 十九人目・耳かきのコツが知りたいお客様
「耳かきのコツですか?」
お客さんから尋ねられ、椎名耳かき店の店長・椎名香澄は小さく首を傾げた。
「ご自分で耳かきをする時でしょうか? それとも、誰かに耳かきをする時でしょうか?」
「自分でやる時でお願いします」
「かしこまりました。ご自身でされるときですね。少々お待ちください」
香澄は新しい耳かきを持ってきて、お客さんに渡した。
「ただ説明するより、実際に耳かきを持って、やっていただけるといいかなと思いまして」
「あ、はい」
お客さんが耳かきを受け取り、じっと耳かきのさじを見つめる。
「お店で使っている耳かき、やっぱりさじが小さいですよね」
「そうですね。耳の穴って小さいんです。耳の穴は楕円形ですが、広いほうの縦の部分でも1㎝もないので、あまり大きいさじだと本当に耳垢を押し込んでしまうのです」
説明を聞きながら、お客さんが指で自分の耳触れる。
「入口だと指が入るくらいだけど、中はそんな小さいのですね」
「はい。ですので、耳かきを選ぶときはさじが大きくないもののほうがいいと思います。そして、耳かきの棒は浅めに持ってください」
香澄が耳かきのさじから2㎝くらいの場所を持ち、お客さんもそれに合わせて同じ場所を持つ。
「耳をかくときはいきなり奥から入れず、手前からかいてください」
「つい奥にいれちゃうんですよね~」
「お気持ちはわかります。でも、耳の入り口が一番外気に触れる部分ですし、耳毛に絡まる形で耳垢がついているのですよ」
先ほどイヤースコープでかいてもらったときに、その様子を見ているので、お客さんも納得して頷く。
「確かに薄皮が剥がれたような耳垢から、粉っぽくなったものまで、耳の入り口についていましたね」
「お客様は特に乾燥した耳垢なので、そういう耳垢のくっつき方をしているかと思います」
乾燥した耳垢のかた前提のお話ですと前置きして、香澄が解説を続ける。
「耳かきをするときは、お掃除と同じ感じで、まず上からやってください。耳に入れてからだとわかりづらくなるので、さじを上にしてから耳の中に入れるのをお勧めします」
頷きながらお客さんが耳の中に耳かきを入れようとすると、香澄が止めた。
「そこまでで。どうしても自分でやるときは見えないために中のほうに入れてしまいがちなので、ごく浅く入れてください」
お客さんが戸惑っているのに気づき、香澄は言葉を加えた。
「もし、わかりづらいようでしたら、耳の外側に耳かきのさじを当てて、そこからゆっくり動かすような感じで入れてみてください」
言われるままに耳の外側に触れて、ほんの少しだけ耳の中に入れてみる。
「そのあたりですね。前後に動かしてかいてみてください」
「あ、うん。自分だとあまり触らないところです」
浅い部分過ぎて、逆に触ったことがないような気がする場所だった。
「そこをかいて、次に耳の両横側、最後に耳の下をかいてみてください」
「なるほど、確かに上から埃を取るのと同じ要領ですね」
お客さんがカリカリとかいてみる。
耳穴の上、顔側の横、顔と反対側の横、そして耳穴の下側。
丁寧にかいてみて、耳かきを外に出す。
しかし、耳垢はついてなかった。
「取ったばかりですから、今はついていないと思います」
小さく笑いながら香澄がそう伝えると、お客さんもそうですねと笑った。
「奥のほうをかく時はどうすればいいですか?」
「そうですね。ちょっと変わったやり方かもですが、逆の手で耳の横端を持って、後ろ斜め上くらいに引っ張ると、耳の穴が真っ直ぐになるんですよ」
頭の後ろに手を回し、お客さんが手とは逆の自分の耳を引っ張ってみる。
「ちょっと体の柔らかさが必要な方法ですね」
「はい。肩や腕が痛かったりしたら、やめてくださいね」
「今のところ大丈夫です」
お客さんが耳の中に耳かきを入れてみる。
「あ、ちょっと入りやすい気もします」
「良かったです。ただ、耳かきをする時は、耳の入り口から1㎝くらいまでにしてくださいね」
穏やかな声で香澄が奥に入れかけるのを止める。
「あまり奥を触ると危ないですし、そもそも耳垢自体、耳の入り口のほうにしかないので」
「耳垢、手前にしか出来ないんですか」
「ええ。奥にある耳垢というのは、あくまで押し込んでしまったものなんですよ」
ふむふむと頷きながら、お客さんが首を傾げる。
「それでも、なんとなくどこか詰まってるような気がするときがあるの、あれはどうしたらいいのですかね?」
「その時はさじの方向を変えてみてください」
香澄が耳かきを軽く回す。
「どうしても手の癖で耳かきのさじの方向がいつも同じになってしまうんですよ。意図的にさじの方向を変えて、それから耳の中に入れる形で耳をかいてみてください。そうすると、かゆかった場所に触れられることもあります」
もう一つ、お客さんが質問する。
「耳の穴1㎝くらいってわかりやすい方法あります?」
「えと、小指を耳の穴に入れて、爪先が触れるところあたりが、だいたい1㎝です。その奥は皮膚が薄いので、触らないようにしてくださいね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
お客さんはお礼を言って耳かきを返し、立ち上がった。
「自宅でかいてみますが、もし、自分でうまく取れなかったら、その時はお願いします」
そのお願いに香澄はニコッと笑顔を浮かべた。
「はい、もちろんです」
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