第21話 十八人目・耳に膜のあるお客様
耳の中に耳かきを入れると、何かに触れる。
「鼓膜……?」
こんなに浅いところに鼓膜があるのだろうかと思うのだけど、それくらいに塞がっている。
(なに、何これ……)
わからなすぎて怖い。
(下手に触らないほうがいいのかな……でも、気になるな)
そんな迷いを感じながら、過ごしていたある日。
私はそこに辿り着いた。
『椎名耳かき店』
「いらっしゃいませ」
中に入ると、優しそうなお姉さんがいた。
長い髪をふわっと一つにまとめた二十代半ばくらいのお姉さんは、丁寧にどんなお店かどんなコースがあるかを教えてくれた。
「耳の中に膜みたいなのがあるのですが……見ていただけますか?」
「はい。見てみて耳垢のようでしたら、お取りします」
柔らかな声で答えるお姉さんに安心して、耳かき四十分というのを頼んで、席につく。
(美容院みたいな椅子だな……)
少し緊張していると、お姉さんがタオルを持ってきてくれた。
「お耳を温かくして拭きますね~」
右耳を丁寧に包んで、お姉さんが耳を拭いてくれる。
ずっとお姉さんと心の中で読んでいるのも何なので、拭いてもらいながら聞いてみた。
「あの、店長さん……ですか?」
「はい、一人でやっている店ですので」
答えを聞き、私は心の中でお姉さんの呼び方を『店長さん』にチェンジした。
(耳触られるって平気かな……)
なんだか少し怖い。
今みたいにタオルで拭かれるだけならともかく、耳かきを入れられるのはちょっと怖い。
怖いけれど、耳の浅いところにあるらしき鼓膜っぽいものが今も気になって仕方がない。
店長さんの声が優しく、態度が柔らかいのが救いだ。
「耳は片方ずつ拭いていきますね」
店長さんが左耳だけを拭いて、タオルを片付ける。
そして、耳かきの道具を取り出した。
「耳かきと綿棒、どちらがいいですか?」
「えと……取りやすいほうで」
どちらがいいのかわからないので、店長さんにお任せする。
「それではお耳の中を見てから判断させていただきますね」
店長さんの指が触れて、軽く耳のふちが外側に引かれ、耳の中を覗かれる。
(こんなマジマジと人に耳の中を見られることがあるなんて……)
落ち着かない気持ちで、待っていると、店長さんがゆっくりと口を開いた。
「耳の手前のあたりに鼓膜みたいに全面に貼りついている耳垢がありますね」
「本当ですか!?」
「取ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
変な返事をしてしまったと思ったものの、店長さんはそれをあえてつつかずに、綿棒を手にした。
「少し触れてみますので、痛かったらおっしゃってください」
綿棒が中に入り、ゴソゴソっと音がする。
「ちょっと鼓膜っぽい耳垢の手前も汚れているので、取ってしまいますね」
耳の中で綿棒が耳壁を拭くように動く。
最初は耳穴の上のほう。
ゴソ、ゴソっと音がする。
次に右と左の側面が拭かれて、最後に外に耳垢を出すように、綿棒が動いた。
店長さんが紙を用意して掃除しているのを見ると、意外と多かったのかとドキドキする。
綿棒が耳の内から外に動き、紙でそれを受け止めると、店長さんは次に耳かきを手に取った。
「中が見えやすくなりましたので、お取りしますね」
「はい」
どうなるだろうと緊張していると、ごく入り口に近い場所に耳かきが触れた。
そのままカリ、カリっといろんな部分をかいていく。
(んっ……いいかも……)
耳かきでされたらもっと怖いかと思っていたのに、かかれるのが気持ちいい。
人にかいてもらうなんて小さいころ以来だ。
店長さんの手が優しく柔らかいこともあって、小さい時に親に耳をかいてもらった時のことを思い出す。
カリッと少し強めに耳かきが動いた時、それまでよりさらに気持ち良さを感じた。
(もしかして、くっついているところなのかな)
カリカリ、カリカリ、とかゆいところをかかれる。
おかしな表現かもしれないけれど、自分でかきたかったけれど見つけれなかった部分をかいてもらっている感じ。
カリカリ……カリカリ…………。
少し感覚があく。
店長さんがかく部分を探しているようだ。
耳の中をじっと見つめた後、店長さんがまたかき始めた。
カリ、カリ……コリ、カリカリ。
コリっと音がした部分が張り付いているのか、カリカリとかかれる。
カリカリ、ゴソ、カリカリ。
ゴソっと何かが動く音がする。
「取り出しますね」
店長さんの前置きを聞き、思わず緊張する。
カリ……パリ……カリ、カリ、パリパリパリパリ!
「……!」
驚くほどパリパリパリという音がして、急に外の物音がハッキリと聞こえるようになった。
同時にずるずるっと耳の中から耳垢が取り出されるのが感触でわかった。
「耳に蓋が出来ていた状態だったみたいですね」
店長さんが紙の上に置いた耳垢は、まるでビール瓶の蓋かのような形をしていた。
「こちらの平の部分がすっぽりはまるように耳を塞いでいたんです。それで耳かきを入れた時、触れたんだと思います」
「おかげでその、耳がすごく通った気がします」
今までと違い、耳に空気が入るのを感じる。
「良かったです。それでは残った耳垢を取って、逆のお耳もかきますね」
店長さんが耳かきを置いて、少し細めの綿棒を手に取る。
「細い綿棒ですね」
「お耳の中のほうが少しお客様は細めですので、こちらにいたしました」
説明をしてくれてから、店長さんが耳の中に綿棒を入れる。
細い綿棒のためか、いつもより奥に入り、ガサガサガサっと音がする。
「まだ入ってそうですか?」
「はい、ちょっとありそうです。もしよろしければ耳かきで取りますが」
「そうしてください」
店長さんに綿棒から耳かきに変えてもらって、耳かきが入るのを待つ。
再びガサガサガサっと音がして、カサ、カサっという音と共に耳垢が外に出される。
耳かきのさじに乗せては出し、耳垢を引っ張っては出し……。
横目で見ると紙の上にいくつもの耳垢が置かれていた。
「耳垢の蓋の奥にさらに入っていたのですね」
「そのようですね」
手を止めずに店長さんがまた耳垢を取っていく。
(ただ、何かくっついてるだけだと思ってたのにビックリだな……)
でも、これまで気になっていたものが全部取れていって、さっぱりした気分になる。
おかげで耳の通りが本当に良くなった。
逆の耳には蓋のような耳垢はなかったけれど、やはり汚れていたので同じく綺麗にかいてもらった。
(自分だときっといつまでもどうなってるかわからなかったな……)
お店でかいてもらうのもいいものだなと思いながら、店長さんにお礼を行って、すっきりした耳でお店を出たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます