第20話 十七人目・耳かきのスッキリしないお客様

 耳をかいてもかいても、なんだか綺麗になった気がしない。

 耳垢は出てきているはずなのに、すっきりしない。


「なんでだろう」


 すごく気になる。

 

 気になったまま数日。

 私はある店の前で足を止めた。


「椎名耳かき店……」


 白いこじんまりとした建物は美容院のような雰囲気で、入るのにあまり抵抗がなかった。


「いらっしゃいませ」


 店員さんは女性。

 20代半ばくらいの柔らかい雰囲気の人だった。


 耳の中を見ながらかいてもらえるというので、それをやってもらうことにした。


 温かいタオルで耳を拭いたり、前準備をしていよいよ耳の中を見るイヤースコープを入れてもらう。


 すぐに見えたのは赤い肌。

 耳かきでひっかきすぎたのか、耳の中が赤くなっている。


 でも、店員さんがスコープを少し動かして驚いた。


 カメラの角度を変えると、耳垢でいっぱいだったからだ。


「えっ、あの、これは……」

「取れてない部分の耳垢があったんですね」 


 すっきりしなかった原因が一目でわかり、まだ耳垢が取れていないけれど、気持ちのほうはスッキリした。


(耳のかきすぎとかじゃなかった……)


 しかも、ありもしない耳垢を追っていたのではなかったとわかり、安心する。


 耳かきが耳の中に入る。


 パリパリパリッという音と共に押されて動く耳垢が見えて、同時にものすごいむず痒さが走る。

 

 カリ、カリッとついている部分がかかれて、赤くなっていない耳壁に押し付けるようにして、耳垢が外に出される。


 まだ剥がれていない部分があったのか、引っ張られながら、またパリパリっという音がして、同時に汚れが剥がれる気持ち良さがあって、声が出そうになる。


 ところが、耳垢が外に出されずに、不意に耳かきの動きが止まってしまった。


(あれ?)


 店長さんが手を止めて、じっと耳の中を見ているようだった。


 なんだろうと思っていると、耳かきがまた入って、違うところをカリッとひとかきされた。


「あっ……」

 

 思わず声が出てしまう。


 それくらいひとかきされただけで気持ち良かった。


「大丈夫ですか?」


 確認する店員さんに耳が動かない程度に頷いて見せる。


 痛いのではなく、気持ちが良かったのだ。


「すみません、耳垢を引っ張り出そうとしたのですが、ここに思ったより張り付いていたので」


 いえいえと答えて、画面を見る。


 耳かきがその部分に触る。


 さじが触れて、カリッとかかれる感触がする。


 取って、取ってと言いたくなるくらい痒い。

 

 手をギュッと握って、その痒さに耐えていると、パリパリっという音がして、その耳垢が剥がれた。


 スッキリとした解放感と共に、耳垢が先ほどよりさらに大きくなって出て来る。


 ゴソっと出た耳垢がトントンと用意された紙に置かれる。


 丸まっているけれど、広げたらかなりの大きさになりそうだった。


「あれが痒い元だったんですかね」


「そうだと思います。耳がなんだかスッキリしない時って、かいてる場所と違う場所についてるんですよ」

 説明しながら、店員さんがまた耳かきを耳の中に入れて、かきはじめる。


 かかれるのは気持ちいいけれど、特に何もないはずだ。


 ないはず……と見ていると、カリッと急にかかれたところが気持ち良くなって、薄い大きな耳垢が剥がれた。


「これは……」


「薄い耳垢がついたままだったんです。スッキリしないのはこれも理由だったと思います」


 丁寧に薄く大きな耳垢が出されていく。


(ああ、本当……なんだかすごくスッキリした気がする)


 残った細かい耳垢を綿棒で拭いてもらうと、本当に心の底からすっきりした。


「それでは逆をかかせていただきますね」


 店員さんの言葉にハッとする。


 そうか、もう片方もあるんだ。


 逆はどうなってるのか期待と緊張半分で、私は逆を向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る