第19話  十六人目・何の変哲もない耳かきが好きなお客様

 椎名耳かき店にはいろんなメニューがある。


 最近は道具も増えたし、マッサージ系もいいだろう。


 だけど、俺は何の変哲もない耳かきが好きだ。


 俺が頼むのは、耳かきだけのシンプルメニュー。

 イヤースコープも耳洗いもない。

 ただの耳かきだ。


「少しお耳を引っ張りますね」


 店長さんが軽く耳のふちを引っ張って耳の中を覗き込む。


 耳をかかれる前のこの時間もいい。


 どれくらい耳垢があるか、あるいはないのか。

 今日はどんな感じでかかれるのか、ドキドキしてくる。


「ついてますか?」

「そうですね。二つくらい大きめの耳垢があります」


 店長さんがいつもの優しい声で教えてくれた。


 そうかそうか、大きめの耳垢が二つもあるかと心の中でニヤニヤする。

 

 もっとも耳栓のように詰まったような耳垢ではない、普通の大きめの耳垢だろう。

 それでも、かかれるのは楽しいのだ。


 店長さんがいろんな太さの耳かきを用意する。


 最初に用意されたのはさじが大きめの耳かきだ。


「では、始めさせていただきます」


 よろしくお願いしますと答えて、耳かきが入るのを待つ。


 そっと耳の入り口に耳かきのさじが触れて、カリカリと入り口をかかれる。


 耳の入り口を綺麗にすると同時に、いきなり奥を触られて怖くないようにするためなのだろうけれど、一度言ってみたいことがある。


(いきなり奥からかいてくださいと言ったらかいてくれるのかな)


 店長さんのことだから、ゆっくり慎重に奥をかいてくれるかもしれない。


 だが、俺はそれを口にするのをやめた。

 俺は平凡な耳かきを楽しみに来ているのだ。


 こういう発想が頭に浮かぶと、変わった耳かきを好む人間の気持ちも分かる。


 それでも、やはり何の変哲もない耳かきも良い。


 カリカリ、カリカリ。


 耳の入り口がかかれていく。

 最初は入り口の下側が、次に入り口の側面が、最後に入り口の上側がかかれる。


 前になんで下側からかくのかと店長さんに聞いたら、耳の入り口の上から先に耳をかく人は少ないからだと言っていた。


 耳のさじを上にして、それで耳をかき始める人もいるのかもしれないが、耳かきのさじを下にしてかき始める人が多いのかもしれない。


 考えたこともなかったが、家で無意識に耳かきをしてみると、確かに俺も耳かきのさじを下にして、耳かきを始めていた。


 耳の入り口をかいた後、店長さんが少し細めの耳かきに取り換え、耳かきのさじが上を向いた状態で耳の中に入る。


 ガリッ。


「おっ」


 反射的に声が出る。


 カリカリ、ゴソ、カリカリ。


 耳垢がいろんな方向からかかれて気持ちがいい。

 耳かきのさじがかゆいところに触れた時、うへっと声が出そうになるのをなんとか抑える。


 でも、正直、口に出したいくらい気持ちがいい。


 パリッと音がして、耳垢が剥がれて外に出される。


 ああ、惜しい。


 しかしまだ俺にはもう一つ大きな耳垢がある。


 店長さんが耳垢の取れた場所に残った細かい耳垢を取ってくれて、また耳かきをさらに細めのに交換して、少し奥に入れていく。


 ゴソッ。


 もう一つの大きな耳垢に触れたのか、耳の中で音がする。


 カリ、ガッ、カリ。

 固いのだろうか。少し硬質な音だ。


 ガリ、カッ……。

 あ、今のガリって時、すごく気持ち良かった。


 カリ、ガリ。

 おお、今回は店長さんにしては強めのかきかた。


 ガリガリバリッ。

 耳の中で大きな音がして、耳垢が耳の中から引き出される。

 

 ああ、良かった良かった。

 

 耳がスッキリすると同時に次への期待が高まる。

 

 もう片方、耳かきが残ってるのだ。


 二回、同じように楽しめると思ったら何の変哲もない耳かきも悪くないと思わないか。

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