第17話 友達編 女の子同士耳かき 花梨と麻里

 椎名耳かき店の店長、椎名香澄しいなかすみには妹がいる。

 

 気が強いツインテールの女子高生・花梨かりんである。


「ねぇねぇ花梨。耳かきしてくれない?」

「は?」


 突然の友人の頼みに花梨は面食らった。


 花梨は今、同じクラスの麻里の家に遊びに来ていた。


 雑誌を一緒に見ていると、急に麻里が席を立ち、耳かきを持って戻ってきたのだ。


「最近ずっとかゆくて自分でかいてたんだけど、痒みが収まらなくて」

「それなら、お母さんにやってもらったらいいじゃない」


「高校生にもなって、親に頼むのは恥ずかしいでしょ」

「友達に頼むのは恥ずかしくないの!?」


 花梨が言い返したものの、麻里はそれに答えず、梵天のほうを花梨に向け、耳かきを渡してきた。


「はい、花梨。お願いね」

「あたし、OKって言ってないんだけど」


 不服そうな表情を浮かべつつ、花梨は一応耳かきを受け取った。


「ありがと。それじゃ、はい、足揃えて」

「足?」

「耳かきするなら膝枕でしょ?」


 なぜか当然のように言ってくる友人に呆れつつ、花梨は正座をした。


「いいねいいね、ありがとう。花梨」


 麻里はニヤニヤしながら、花梨の太ももの上に転がった。


「花梨って……足細いのに、太ももは割とむっちりしてるのね」

「太ってるって言いたいの!」

「ううん、これくらいのほうが気持ち良くていいくらいよ」


 麻里が手で花梨の太ももを撫でると、その手を花梨が跳ね飛ばした。


「耳かきの最中に触ったら、耳かきがザクッと入るわよ」

「ええー! お触り無しなの?」

「あるわけないでしょ!」


 花梨はそのまま麻里の耳を軽く引っ張った。


「ほら、それより耳の中を見せなさいよ。さっさと済ませるわよ」

「んっ……もう、花梨、情緒がな~い」


 不満そうな麻里に言い返そうとして、花梨は気になるものを見つけた。


「……麻里、ちょっと体をこっちに寄せて」

「こっち? 花梨に近く?」

「うん」


 花梨の雰囲気が真剣だったためか、麻里は大人しく従った。


「何かある?」

「そうね……。耳垢が浮いてる」


「う、浮いてる?」

「耳壁から剥がれた耳垢がね、出てこないで耳の中で浮いてる状態なのよ」


 麻里の耳の中をじっと見つめ、花梨が少し訂正した。


「あっ……全部剥がれたわけじゃなくて、ちょっとくっついているところがある。ここを取れば……」


 花梨が説明しながら耳かきを入れようとすると、麻里がそれを止めた。


「ちょっと待って、花梨」

「えっ、どうしたの?」


「耳かき入れられるの……怖い」

「…………は?」


 一呼吸置いて、花梨があきれ顔で聞き返した。


「何言ってんのよ、やってって言ったの、あんたでしょ!」

「そ、そうなんだけど……でも、人にされるの初めてだから、ちょっと怖い……」

「奥に入れたりしないから、大丈夫だってば。耳垢があるの手前のほうだし」


 耳垢の場所を確認するように、花梨が耳たぶを軽く指で挟んで引っ張ると、麻里が身を固くして小さな声を上げた。


「んっ……!」


 耐えるように漏れた声を聞き、花梨は耳から指を離した。


「もしかして、耳を触られるのも苦手なの?」

「そんなことはないんだけど……なんか変に緊張しちゃって」

「じゃ、あまり引っ張らずにやるから。怖くなったらすぐ言うのよ」


 花梨は体をぐっと寄せて、耳の中を覗いた。


「耳引っ張らないで大丈夫?」

「それくらい手前にあるから平気」


 麻里を安心させるために、そう伝えたものの、花梨は少し不安だった。


(でも、こっちが怖がっちゃダメよね。まずは、ほんの入り口だけ……)


 花梨が耳かきのさじで、耳の入り口を撫でるようにかく。

 すーっ、すすーっ……。


 強くかかないように、耳かきのさじが耳の入り口をくすぐるように動いていく。


「……」

「大丈夫? 怖い?」


 目をギュッと閉じて耐える麻里に花梨が声をかけた。


「……平気」


 緊張の解けない声ではあるものの、麻里はやめてとは言わなかった。


「それじゃ続けるよ」


 耳の入り口をなぞるように、耳かきを動かし、麻里が耳をかかれることに慣れさせていく。


(焦らないで。少しずつ、少しずつ……)


 自分に言い聞かせながら、花梨は耳かきを進めていく。

 丸を描くような動きで、何度も耳の入り口だけをかいていると、麻里から言葉が漏れた。


「もうちょ……」

「ん?」

「もうちょっと、中のほうして……」


 麻里の求めを聞いて、花梨はホッとした。


(痛くはなかったみたいね……)


 耳かきを持ち直し、花梨は麻里の耳の中を覗いた。


「それじゃ少しずつ入れてくよ」


 花梨は耳かきを少しだけ麻里の耳の中に入れた。

 本当に少しだったにもかかわらず、耳かきのさじが麻里の耳の中で浮いていた耳垢に触れた。


 パリ……ッ!

 音と共に麻里が体をよじらせた。


「今の奥!? 鼓膜?」

「全然手前だから大丈夫。鼓膜じゃなくて、耳垢よ」


 それでも麻里を不安にさせないため、花梨は一旦手を止めた。


「よくそんなんで自分で耳かきしてるわね」

「自分で触るのは平気なの。いじってる場所とかわかるし、力加減もできるし……。でも、人にされるのって緊張するっていうか……」

「まー、わからないでもないけどね」


 花梨は耳かきを持ち直し、麻里に確認した。


「それじゃ続けるわよ。いい?」

「う、うん。お願いします」


 ギュッと目を閉じて、麻里は耳穴の中に耳かきが入るのを待った。


 花梨は先ほどより浅めに耳かきを入れ、少しずつ触れた耳垢の周りをかいた。


 カリ、コリ……。コリ、コリ、カリ……。

 耳垢は少し硬く、触るとゴリッに近い音がした。


「それ……大きい?」

「う~ん。付いている部分は少ないけど、耳垢そのものは大きいかも……」


「付いてるのってかなり奥?」

「ううん、このあたり」


 耳穴の斜め下側についた耳垢の根に、花梨の耳かきが軽く触れる。


「あっ、ん……」

「この部分に触ると痛い?」

「痛くはないと……思う。むしろそこがかゆいかも……」


 花梨はもう一度、弱いくらいの力加減で、耳垢の根に触った。


 カリ、カリ……。


「んん……っ」

「これ、わりとくっついている部分が固いわ。もう少し強くかいてもいい?」


「うん……。でも、優しくしてね」

「一応、努力はするわ」


 ぶっきらぼうな言い方ではあったものの、花梨は極力、注意して耳垢の根をかいた。


 カリ、カリ、ククッ……。

 浮いた耳垢をずらし、耳垢の根に迫る。


「んん……」


 耳の中に浮いた耳垢に触った時、麻里の体が少し動いた。


「動くと耳垢が中に落ちちゃうわよ」

「でも……」

「とにかく動いちゃダメ」


 麻里の動きを封じるように、花梨が麻里の頭の上に体を乗せた。


 顔にふんわり柔らかいものが当たり、麻里が普段に近い口調で叫んだ。


「花梨、当たってる! 下乳がすごい当たってる!」

「この体勢なんだから、谷間のほうが当たるわけないでしょ!」


「そうじゃなくって……」

「いいから大人しくしなさい! 動くと耳垢が落ちちゃうでしょ」


 ギュッと上から麻里を押さえつけ、花梨が耳かきを中に入れる。


「あっ……! 花梨、あんまり中は……」


 麻里の制止も聞かず、花梨が耳の中のほうに耳かきを入れる。

 カリッカリッカリッ。


 耳垢の根を剥がすため、花梨が耳壁に張り付いた耳垢をかき始めた。


「……んっ!」


 くっついているかゆい部分を攻められて、麻里は再び目を閉じた。

 視界からの情報が無くなると、耳垢がかかれる感覚だけが鋭敏になった。


 カリッ……ガサ、ゴソ……!


 耳かきが動くと同時に、浮いた耳垢も動くのか、耳の中でゴソゴソと音がする。

 それが麻里の痒みを増幅させた。


「もう少し強く行くわよ」


 耳かきのさじにかけられる力が少しずつ強くなっていき、耳垢の根を耳かきのさじが攻めたてる。


 カリッ、カリッ。

 その音と感触と共に麻里が足をよじらせる。


「んっ……んんっ……」

 

 痒みとそれをかかれる快感に耐えるように、麻里が足を動かしながら声を漏らす。


 カリッ、ククッ、グッ、ガリッ!


「……!!」


 ガリっという音と共に、きゅっと麻里が目を強く閉じる。


 そして、そのすぐ後に爽快な感覚がして、耳の中からズズッと何かが引きずられる音がした。


「はい、出たよ」


 花梨が手の平に置いたそれを見て、麻里は目を見開いた。


「なにこれ……耳垢が丸くなってない?」


「こういう真ん中が空洞になった丸い形の耳垢があったのよ。多分、耳垢が耳の壁についていた形そのままに少しずつ剥がれ落ちて、それがそのまま落ちずに一部だけくっついていたのね」


「なるほどねー、だからこういう形なんだ」


 納得した麻里はくるんと反転して、また花梨の膝の上に転がった。


「……何よ」

「何って、反対の耳もやってもらおうと思って」


「やーよ。あんたどうせまた入れるのが怖いとか、言いだすでしょ!」

「ええー」


 不満そうな麻里を、花梨はじとっとした目で見つめた。


「さっきだって最後のほうあんたが足動かしたりして、やりづらかったんだから」

「だってかゆいし、ちょっと怖いけど気持ちいいし、いろんな感覚が押し寄せて来ちゃったんだもん」


 言い訳しつつ、麻里は花梨の機嫌を取ろうとした。


「今度はできるだけ動かないから! それに、もう少し奥のほうをいじってもいいから!」

「本当に?」


 疑いの目で聞く花梨に麻里はうんうんと頷いた。


「確かに人にされるのは怖いけど、でも、その予想できないところを触られたり、自分の力加減とは違う強さでかかれたりするのがちょっと気持ちいいっていうか……」

「……仕方ないわね」


 溜息をつきつつ、花梨は再び耳かきを手に取ったのだった――。


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