第11話 九人目・耳かきの音が好きなお客様

 カリカリ、カリカリ、カリカリカリ。

 カリゴソ、カリカリ、ゴソゴソカリカリ。

「すみません、取れるのに時間がかかってしまって」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 謝る店長さんに俺は心からそう答えた。

 耳垢が取れる瞬間は、確かに気持ちがいい。

 だけど、俺はその前の耳をかかれる音も好きだった。

「少し横のほうから取っていきますね」

 スス……カリ、スス……ゴソ、カリ。

 耳の中に少しずつ耳かきが入っていき、かかれていく。

 ゴソソ、ガサッ。

 大きな音がした後、今度は店長さんが細かくそこをかき始めた。

 シャ、シャッシャ。

 スッ……シャッ、シャッ。

 ゴソ、ゴソソ……ゴソソ、カリコリ、カリカリカリ。

 耳垢がくっついている部分に触れたのか、そこが集中的にかかれ始めた。

 カリ、カリ、ゴリ、カリ。

 カリ、カリカリ、カリ。

 耳の中に耳をかく音が響く。

 カリッカリ。

 カリカリカリ。

 耳垢と戦う耳かきが音を鳴らすのが気持ちいい。

 少しのかゆさと耳かき音が、なぜか自分に安らぎを与える。

「お耳をちょっと動かさせていただきますね」

 店長さんの柔らかな指が耳に触れる。

 指の柔らかさも扱いの優しさも心地がいい。

 軽く耳のふちを引いて耳の中を見た後、店長さんはまた耳の中を耳かきでかき始めた。

 カリ、カリカリ。

 カリカリ、コリ。

 耳の固まった部分に耳かきが触れ、それを少しずつ剥がそうと、丁寧に何度もかかれていく。

 カリカリカリ。

 カリ、カリコリカリ。

 耳かきのカリカリ、カリカリという音が頭の中に響き、足をもごもご動かしたくなった。

(ああ、耳をかく音はいい……。ずっとかき続けられる耳が欲しい)

 普通の人からしたら意味の分からないことかもしれないが、毎日でも耳をかかれる音が聞きたい俺の正直な気持ちだった。

 カリ、カリ、カリ。

 カリ、カリ、コツ。

 コツという音と共に、強烈な痒さを感じた。

 耳垢をほんの少しずつ剥がしていった結果、ついに痒みの本丸ともいえる部分に辿り着いたのだ。

 カリ、カリ、カリ。

 カリ、カリ、カリ。

(あっ、あっ……)

 カリっと耳垢をかかれるたびに、体を動かしたくなる衝動に駆られる。

 でも、ここで動いてはいけない。

 下手に動くと、耳に傷がついてしまうかもしれないし、耳垢が落ちてしまうかもしれない。

 そんな緊張感が耳をより敏感にさせる。

 クイ、クック、クイ。

 耳かきのさじが耳垢を押すように動く。

 押された耳垢は耳の壁から軽く浮いたようだった。

 それで浮いた部分の奥に耳かきがまた入ってきた。

 カリカリ、カリ。

 カツ、カリ、カリ、カリ。

 ちょっと硬い音がした後、残った部分をカリ、カリとかかれる。

 カリカリ、カッカリ。

 カリ、コリコリ、カリ。

 そして……。

 バリッ。

 その音と共にくっついていた耳垢が剥がれた。

(ああ……)

 スッキリするのと同時に、ちょっと残念な気持ちになる。

(これで耳をかく音もおしまいか……)

 ところが店長さんが耳垢を取り出した後、もう一度、耳かきを中に差し入れた。

 ガゴソッ!

 大きな音がしてビクッとすると、店長さんが手を止めた。

「あ、すみません、もう一つ取りたいのですが、大丈夫でしょうか」

「は、はい。大丈夫でございます」

 変な返事をしてしまったものの、また耳をかかれるとわかり、胸が高鳴った。

(もしかして、もっとすごい音が)

 しかし、聞こえてきたのは慎重な音だった。

 カリ、カリ……ゴソ……。

 ゴソ……ゴガソ……ゴソ。

 カリカリとリズミカルにかくのに比べて、静かな動きだけれど、それがどこか緊張感を高められる。

 カリ、ゴソ、シャ……。

 コリ、シャク……。

 シャクッという音は大きな耳垢に当たった音だ。

 カリカリ、パリ、カリ。

 カリカリ、シャリ、パリ。

 大きな耳垢のそばを耳かきがかいていく。

 カリ、カリ、カリ。

 カリ、コリ、カリ。

 細かく丁寧にテンポよく耳がかかれる。

(あっ……いい……)

 時々、位置をずらしながらカリカリされ、意識がとろんとまどろんでくる。

 そして、気づくと、またシャクっという音がして、耳垢が外に出された。

「取れました」

 それは耳かき音の終了の合図であり、少し残念な気持ちになった。

 しかし、まだ楽しみは終わらなかった。

「それでは逆を向いて頂けますか?」

 店長さんの言葉に、喜んで! と答えそうになるのを抑えながら、俺は逆の耳を上にして寝転がった。

 もう一度、耳かき音が楽しめるのだと期待しつつ……。

(やっぱり毎日耳かき音が聴ける耳が欲しいな)

 ……と俺は思いながら、目を軽く閉じたのだった。

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